サワディーチャオ(สวั๋สดีเจ้า)は、チェンマイ語の女性の挨拶(標準語はサワディーカ)です
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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第26話~第30話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
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これは、私が民芸品やルビー、サファイヤなどの色石を買いつけるために、チェンマイを頻繁に訪れているうちに縁あって知り合い、後に私の親友となったタイ人のダムロンとその家族の話である。
彼の波乱万丈の人生はいまだに続いており話は完結してないが、彼と知り合ってから39年の途中経過として、この話を記することにする。【蘭菜太郎】

>>>登場人物紹介

≪注≫本文中に登場する人物などは、すべて仮名です。また、写真と本文とは一切関係ありません。【ガネッシュ】

第26話:ラムプーンの釣り掘(2)

翌日は、少し早目に出発して10時前にマイトリーレストランに着いた。早速釣りはじめるが、ここの釣り堀はかなり広いので、昨日とは違う池の向こう側から釣ってみようと思い立った。

小屋の並んでいるサイドは気持ちのよい芝生になっているが、その対岸には日陰になるようなものが何もない、まるで砂漠である。そのままではたまらないので、パラソルを借りてがんばってみることにする。しかし、いかんせんメチャクチャ暑い。
ずっとポイントを探っていくと、ちょうど昨日釣っていた小屋の真向かいあたりに、ほかよりも50cmほど深くなっている場所を見つけた。後で聞いたところでは、そこは以前小川が流れ込んでいたらしく、そのためいくぶん深くなっているということであった。そして、このポイントこそ釣り堀一番の穴場であった。反対側には昼寝もできるほどの涼しい小屋があるので、こんな砂漠のようなところで釣りをする人はいないらしく、乾いた地面には人の足跡さえない。水際には雑草も生い茂り、ほとんど荒らされていない。私は「これは穴場かもしれない」と感じ、慎重に底を取って繊細なヘラ鮒用のウキにかえ、ティップが作ってくれた例の鶏糞練り餌のネットリした奴を5号の鯉針にパチンコ玉ほどつけて、そっとポイントに投げ落とす。今日は、引きの強いイソック用に3mの硬めのグラスロッドを用意して来ており、備えは万全である。
すると、ゆっくりと立ち上がるはずのヘラウキが突然消えた。「アリャ!」とあわてて合わせる。ところが、まるで地球を釣ってしまったかのように動かない。本当に地球を釣ってしまったのかと心配になるくらいの時間がたって、やっとググッと来た。最初ゆっくりだった引きはいきなり激しくなり、ピュルルッと糸鳴りがしてからがぜん強く引かれた。釣竿が手元から曲がる。あまりの強い引きに耐えられずに、腕が伸びて竿先が水中に引き込まれた時にプッツリと釣糸が切れた。大物がかかってもいいようにいつもよりずっと丈夫な仕掛けにしたのだが、それでも今の大物には通用しなかったようだ。野釣りであったならば残念この上ないところだが、ここは釣り堀なのでドンマイ!!と、すぐに気を取り直し、さらに丈夫な仕掛けに作り直す。これらは無論なるべく静かに態勢を低くして、クソ暑い中でひたすら細かい作業をやるわけだが、指先は汗で滑るし目には汗が入ってえらくしみるし、たいへんである。道糸が12ポンドのハリス10ポンド、食いが立っているので三つ又はやめて1本針とし、7号の丸形鯉針を慎重につける。それと、日本で買った小さいリールの調子を見たかったので、5号のリール竿を出して吸い込みを試すことにする。これに使う5号ほどの小さい吸い込みの仕掛けは、ダムロンの手作りである。ティップが朝作ってくれた例の鶏糞練り餌はネットリと実に鶏糞そのもの並に柔らかいので、これにパン粉を混ぜて硬さと粘りを出してから吸い込み針にセットする。「これでどうだ~!」である。
練り餌を作り終えた手はひどい匂いがして、ちょっと池で洗った程度では臭くて煙草も吸えない。それでもめげずに吸い込み竿をセットして、竿先に小さな鈴をつける。そして、いよいよ本格的に釣りはじめる。もう、期待で臭さも暑さも喉の渇きも忘れてしまっていた。

ところが、最初と違いしばらくウキは動かない。待つことしばし、ついに「ツン」と来た。そして、うまく合わせられた途端にガッツンとあたりがあった。ヒュルヒュルと糸鳴りをさせて、いきなりすごい勢いで沖に向かって走ると、激しく水面で魚が跳ねた。一瞬見えたそのすごく元気な魚は、腹と胸びれを真っ赤にした巨大なイソックであった。今度は何とか竿を立て直し、魚の動きを制御できた。
この様子を対岸で見ていたソムサックが、取り込み用の玉網を持って走って来る。ところが、こちら側は人も行かないような乾いた砂地で、歩くと足首くらいまで埋もれてしまう。さらにところどころには、やたらと丈夫な雑草が荒れ地にこびりつくように生えており、気をつけないとこれに足を取られてしまう。こちらに向かって走って来るソムサックが足を取られて転ぶのを目の端で捕らえたが、右へ左へと走りまくる魚を制御するのに懸命で、ほかのことに気をかける余裕などない。魚は、今度は沖の深みに逃れようと前下に引く。重い!釣竿が手元から曲がり、竿先が水面に入りそうだ。ソムサックが立ち上がり再度走りはじめるが、ほんの数歩でまた足を取られ、地面に手をついている。そして、何で転んでしまうのかと、不思議そうに足元を見ている。どうやら、かなり酔っぱらってもいるようだ。魚と必死に引っ張り合いをしながら、10mほど向こうから今度はかなり慎重にこちらに向かって急ぐソムサックの姿を見て、私はパニックに陥りそうになった。転んで激しく砂地に突っ込んだので砂まみれになり、髪の毛から足元まで全身真っ白であった。それに酔っているので千鳥足だし、また雑草に足を取られないようへっぴり腰になっている。目をむいて大口を開けてやって来るアフリカ原住民のような姿は、おかしいやら情けないやら……。
普通なら腹を抱えて大笑いするところだが、こちらは今はそれどころではない。魚は、今や最後の力を振り絞って左に回り込もうとしている。中腰半身になり竿を立てて、何とか魚を手前に持って来るようにがんばる。まだ仕掛けや釣り竿が持ちこたえているのが不思議なくらいである。かなり硬めであるはずの釣竿が、完全にきれいな半円を作っている。腕が痛くなってきた。はじめのショック状態での興奮を乗り切り、アドレナリンの効果が薄れてきたらしく、ここでドッと汗が吹き出て来た。ソムサックがやっとこちらにたどり着き、魚と必死に格闘している私を見ながら、肩でハーハー息をしている。砂まみれで、本当に滑稽な姿である。しかし笑ってる場合ではないので気を取り直し、何とか再度釣り竿を立て直そうとする。魚の動きが鈍ってきたが、竿先はまだ水面近くを上下している。後退しながら、それでも何とか少しづつ引上げていく。魚が視認できるくらいまで引き上げると、向こうからもこちらが見えるので、またまた引きを強くして潜り込んでしまう。それでも何とか少しづつ引上げていく。その魚をソムサックがどうにかして玉網に入れようとしているが、魚は玉網に驚きさらに暴れだす。もう腕は、痛いのを通り越してしびれてきた。「玉網を動かすな!魚を持っていくから入るのを待つんだ!」とあえぐように指示する。やっとのことでその魚を玉網まで持っていき、ソムサックが玉網を上げて完全に魚が水からあげられたのを見た途端に、私は釣り竿を放り出してその場にドスンと座り込んでしまい、なおバンザイをするようにしびれた両腕を上げて、そのままあお向けにひっくり返ってしまった。

しばらく空を見ながら寝転がっていると、複数の人がやって来る気配がして、女の子の笑い声が聞こえてきた。見ると、賄いや調理などのレストランのスタッフが5人ほど様子を見に来ていて、賄いの女の子がソムサックを見て大笑いしている。昨日話をした料理人のミスターダムがニコニコしながらやって来て、「大物を釣って疲れたのか?」と言う。「疲れたなんてもんじゃない。これを見てみろ。」と、私は硬くこわ張りパンパンになってしまった腕を示すと、私の腕を揉むように触って、「すごいのを釣ったな。リール竿でならもっと大きいのを上げられるが、チョンベット(延べ竿)では最大級だよ。よく竿が持ったな。さすがはメイドインジャパンだ。」とか言っている。そこで私もやっと立ち上がり、みんなが取り囲むように見ている魚の方に行く。釣り上げられた魚は玉網の中でまだ盛んに暴れて、何とか釣り針をはずそうとしてソムサックの手を焼かせていた。見ると、ソムサックの顔は、濡れた手でこすったらしくさらにすごいことになっている。賄いの女の子達がそれを見て腹を抱えて笑っているが、ソムサックは真剣である。私も手伝い、何とか釣り針をはずす。頑丈な7号の丸形鯉針は完全に変形しており、辛うじて持ちこたえたことがわかる。ソムサックが懸命に取り押さえている魚は、口をパクパクさせ赤い胸ビレをヒクヒクさせている。私は、その大きさに改めて驚く。後で計量したところ、全長70㎝、幅25㎝、重量4,500gであった。ノ-ンチャン(草魚)ならばこのくらい大きなのもまれにいるが、イソック(紅魚)では最大級であろう。その巨大なイソックは、大きさもさることながら実に美しかった。

ソムサックに「その顔じゃあまりにおもしろすぎるから、洗って来いよ。」と笑いながら汗拭きタオルを差し出すと、ソムサックは照れ笑いをしながらも私に魚の入った玉網をしっかりと手渡してから、パタパタ体を叩いて簡単に砂ぼこりをはたき落とし、対岸の手洗いに行くべく、また例のフラフラ、ヨタヨタのへっぴり腰で戻って行く。やはり、何とも滑稽である。女の子達がその後ろ姿を指差し手を叩き、大笑いをしている。
こんなにでかいのが釣れるとは思わなかったので、入れ物がない。そこで魚の口からエラにひもを通して縛り、一方を草の根にしばりつける。ここの雑草はやたらと丈夫なので、即席の小さい杭を地面に刺すよりよほどしっかりと止まっている。魚を池に戻すと、かなりの勢いで逃げようとしてもビクともしない。
釣り竿を調べるが、どこも壊れてはいなかった。しかし、ハリスはもちろん道糸まで、パーマがかかってしまっている。仕掛けは全部作り直さなければならなかった。私はまた黙々と細かい作業に取り組んだ。

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