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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第26話~第30話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
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第30話:堕ちてゆくソムサック

翌1990年の正月、ダムロンの末妹であるニーパポンが婚約した。ニーパポンはもう23歳になるのだが、まだ少女のようにあどけない。もう彼女も結婚する歳になっていることすら頭になくて、突然の話に私は驚いてしまった。しかも、もうひとつのさらに大きな驚きがあった。養女のウィまでがこの3月に結婚する、というのだ。「エーッ!ウィはまだ子供じゃないか!!」と私がティップに聞くと、「そう言って皆も反対したのだけれど、本人が「どうしても中学を卒業したらすぐに結婚する」と言って聞かないので、しかたなく承諾したのよ。」と言う。

それは皆さん反対するだろう。何せ、彼女は今年やっと15歳になったばかりなのだから……。

彼女は、私の目にはどう見ても小学校上級生くらいの女の子にしか映らなかった。少し前に、ダムロンの家の裏に住みついていた少女が、この辺の男を手あたり次第にたらし込んで大騒ぎになったと聞いた時も、「あんな子供が!」と驚いたのだが、ウィはあの少女よりさらに子供っぽい。しかしまあ、あの少女のような不幸や悲劇ではなく大変おめでたい結婚話であるので、ふたりきりの所帯を持つのではなく、当座は今住んでいる家で婿殿と暮らすことを条件に承諾したらしい。婿殿も2つ上の17歳とのことで、これはエラく若いカップルの誕生である。ケオの奥方は、少し前から子供を連れて実家に帰っており、ケオの家には今は居候のパーンが寝起きしていたので、しばらくの間末弟のゲアッがケオの家に移り、居候のパーンと寝起きをともにすることになった。ソムサックの奥方のニンは、7ヶ月目になるという少し目立ち始めた自分のお腹を盛んに恥じていた。ダムロンとケオがいなくても、何とかみんな元気を取り戻したようであった。

しかしその晩、ソムサックがその幸せな家族団欒をぶち壊しにした。この家のふたりの娘の結婚が決まり、そのお祝いもあって、いいわいいわで飲み過ぎて、ソムサックはかなり悪酔いしてしまった。誰彼かまわずに反抗的な態度を取り続け、とうとう遊びに来ていた従兄弟のオッとケンカになってしまった。オッはダムロン一家の母方の従兄弟で、このすぐ近くに所帯を持ち、姉さんと住んでいる。オッの姉さんは、一度見たなら絶対に忘れないほどのすごい肥満体で、まるで象のようである。オッもかなりのデブではあるが、彼の姉さんは特別であり、とても人間とは思えぬほどの迫力である。もっとも、オッは大柄なデブではあるが、とても気の小さい好人物でもある。彼は普段はバイクのサイドに荷車をつけ、それでプロパンガスを配達する仕事をしており、ダムロンの従兄弟とは思えないとても地味で真面目な人である。この彼を、ソムサックはひどく怒らせてしまったのだ。もう完全に恐いもの知らずになってしまったソムサックは、すでに自分の足許もおぼつかないのに、オッに殴りかかかってよけられ、突き飛ばされて尻餅をついた。かと思うと、今度はそこにあったイスを持ち上げて振り回そうとしているが、けっこう重いイスらしく、逆にイスに振り回されている。パーンが止めに入って、ソムサックからイスを取り上げオッをなだめていると、そこへティップがやって来てソムサックをどなりつけた。

「この大バカ野郎!甲斐性もないくせに、悪酔いしては女房を殴り、人様には迷惑をかけ、たいがいにしろ!この始末は、ダムロンが帰って来たら必ず取ってもらうからね。覚悟をおし!!」と、ティップは日頃の鬱憤を吐き出してしまった。
いかに酔っ払ったソムサックといえども腹にすえかねたらしく、「何を!もう一度言ってみろ!!」と凄んだ。しかし、ティップはまったくひるまない。「こいつは驚いた。お前に私を殴る度胸があるのかい。万が一にでも私に手を上げれば、どういうことになるか、いくら酔っていたってわかるわな。だけど、今晩は試しに一度やってみるかい?」と、むしろ挑発している。
この時、私は冷静にことの成りゆきを見ていて、全然心配をしていなかった。ティップはできた苦労人であり、この程度のことではビクともするものではない。はじめに止めに入った若いパーンの方が、逆にオロオロしている。ティップは、うすら笑いさえ浮かべて度胸満点、貫禄十分である。ソムサックが仮に本当に殴りかかっても、たぶん逆にティップに殴られるのがオチだろう。それに、いかに酔っ払ったソムサックでも、それをやってしまったら一線を越え、完全に取り返しのつかない事態になることくらいはわかっているだろう。「何を言いやがる。俺はダムロンなんか怖くはない!」と、虚勢を張る怒声も弱々しくなってきた。結局、ソムサックはしばらくティップをニラみつけていたかと思うと、急に身体の向きを変えて歩いて行き、自分の家に入ってしまった。すぐに、奥方のニンがティップのところにやって来て、ソムサックの非礼を盛んに謝った。ティップが「あなたは妊娠しているのだから、ソムサックが酔っている時には私のところで寝るようにしなさい。」と言っていた。

ソムサックはあいかわらず酒癖が悪くて、困った奴であった。この日はしかたがないので、帰りは末弟のゲアッにバイクでホテルまで送ってもらったが、当時はそういう事態が頻繁にあった。この頃のソムサックは、まったく酒の入っていない時はほとんどなかった。時には、二日酔いで起きあがることすらできず、ラムプーンの釣り堀に行けないこともあったし、向かい酒でまた酔っ払ってしまい、一日中使いものにならないこともあった。久しぶりにシラフの時、「ソムサック、お前は酒ばかり飲んでいるが、何かおもしろくないことでもあって、そんなにいつでも飲んだくれているのか?何か不満でもあるのか?」と聞くと、「不満はたくさんある。」と言う。「第一に、金がまったくない。次いで、家には冷蔵庫もテレビもない。俺にあるのは暇と借金だけなんだ。」などとバカなことを言っている。「おい、ソムサックよ。それが稼ぎを全部飲んでしまう奴の言うことか?飲んでしまうから仕事ができずに、稼げないのだろうが。そして、稼ぎがわずかばかりだから酒代でなくなってしまい、生活費を借金することになるのだ。誰がどのように考えても、当然の成りゆきでお前には金がないのだ。ほかの誰のせいでもなく、全部お前のせいだぞ。わかっているのか?今のところ、トゥクトゥクの借り賃はティップのほうで払ってくれているのだから、負担が少なくて楽なはずなのにどうしたことだ?もうすぐ2人目が生まれるんだぞ、少しは考えろよ。」と意見をする。

しかし、そんな多少の御意見なんぞで酒がやめられるわけもなく、その時はシラフなので頭をかいて悪びれているが、数時間後にはもう飲んでしまって別人に変わる……。ソムサックには、そんなムダな御意見より念仏でも唱えたほうがよいくらいなものであった。ダムロンの仮釈放までのこの後半年あまり、ソムサックはこのまま怠惰な生活を続けたのであった。

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