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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第11話~第15話 by蘭菜太郎

ダムロン物語(3) ダムロン物語
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第13話:ケオの出所

暑い夏の盛りの頃、ケオが刑務所から出所してサンパコーイに戻って来た。

実質9カ月と少しの懲役であった。翌日、彼の出所祝いをタイスキレストランのチェンマイ・コカで催した。家族と親しい友人など15人ほどで繰り出し大いに飲み食いしたが、彼の次男のダナイは、もうすでによちよちながら歩いて片言をしゃべるまでになっていたし、奥さんのボアライには以前のような元気はなく、疲れきった表情をしていた。

そして、この日から、ケオとダムロンとの麻薬を巡る争いが始まるのである。

ケオは、ダムロンが最初に心配していた通り、刑務所で完全に麻薬(ヘロイン)中毒になってしまい、出所後もそれを絶つことができなかった。ダムロンは、騙したりすかしたり、時には力で押さえ付けてヘロインをやめさせようとしたが、ケオは狂ったように暴れ、泣きわめき、家を飛び出したりして抵抗した。そして、ついにダムロンも妥協せざるを得なくなり、ケオが我慢できる程度の麻薬を1回分づつ与えて、何とか家にとどめておくことができるようになった。ダムロンは、「そうしないと、家を飛び出て何をするかわからないのだ」と、残念そうに言っていた。
しかしかなりの間、その妥協案は功を奏して、見た目は元のケオに戻っていき、さらにしばらくすると、サームローの仕事を片手間ながらできるようになった。と言っても、ダムロンが壊して放置してあったサームローを手直しして、近所の子供の通学の送り迎えをするだけだが、身内の世話で何とか普通の生活を続けることができていたのである。一時の死人のような顔色も元に戻り、ガリガリに痩せてしまっていた体重もかなり戻って来た。しかし、ずっとヘロインを続けている以上は、その量が増えていくのは当然のことであり、いつかは破局が訪れることになるの明らかであった。

8月、その1週間前からソムサックの連れ合いのニンが実家に帰っていた。そのためか、彼の酒量はいつになく多くなっていた。
ちょうどこの時、私の友人である田中氏が遊びに来ていた。氏は、私がいつも楽しく語る、サンパコーイの友達を見にやって来たのだった。夜の7時頃に遊びに行き、ちょうど釣り堀から戻って来たダムロンに田中氏を紹介して1時間ほど話し込んでいると、家の外でケオとソムサックが言い争う声が聞こえてきた。ダムロンが外に出て行き、私も家の入口から様子を見ると、そこに興奮した表情のケオと泥酔したソムサックがいた。
どうやら、私達をトゥクトゥクでホテルまで送って行かなければならないソムサックが酒を飲み過ぎてしまったので、ケオが怒っているらしい。ソムサックは盛んに「そんなに酔っていない」とは言っているが、誰が見ても飲み過ぎだと言うであろう状態である。ダムロンが大声での兄弟喧嘩を恥じて、2人を自分の家へ連れて行き話をしていたが、言い争いはしばらく続き、しまいには売り言葉に買い言葉で収拾のつかない状況となってしまった。ケオは、「日本人は元々は自分の友達だったのだから、もうお前には任せられない」と怒鳴りつけている。ソムサックは、「もうどうにでもしろ」と開き直っている。私には、ダムロンが田中氏の手前、懸命に我慢しているのが分かった。固く拳を握り、堪えるように腕を脇に強く引きつけ、口を真一文字に結んで、何とか怒りを抑え込んでいた。「私だけなら、とっくにソムサックを張り倒しているんだろうな」とはっきりわかった。

そうこうしているうちに雨が降り出し、わずかの間に雷を伴う大雨となった。私達2人は、これでどうしてもトゥクトゥクで送ってもらわなくてはならないことになってしまった。
すると、ダムロンが「俺が送って行こう」と言い、雨を避けるように威勢よくトゥクトゥクに飛び乗り、エンジンをかけた。「さあ、2人とも乗って、乗って」とティップに促され、田中氏と2人でトゥクトゥクのお客になる。まだブツクサ言っているケオとソムサックの2人を後に、ダムロンのトゥクトゥクは出発した。
トゥクトゥクの運転技術では、ソムサックよりダムロンの方が断然上である。同じトゥクトゥクなのに、なぜかダムロンが運転すると力強く感じられる。釣りに行く時にはいつも乗せてもらっていたが、ダムロンにホテルまで送ってもらうというのはこの時が初めてであり、何となく恐縮してしまった。

田中氏は、翌日チェンマイでのゴルフを試してみたいとのことで、朝11時にダムロンが迎えに来てくれ、ゴルフ場まで氏を送って行くとの約束をしていた。
翌日、田中氏がゴルフに出かけた後でサンパコーイに遊びに行くと、昨日の私の予想は的中していた。笑顔で挨拶するダムロンもティップもいつもと変わらぬ様子であったが、ソムサックの家の入口の木戸が壊れており、中でソムサックが寝ているのが見えた。ケオは、あぐらをかいて長男のセンをその上に座らせて、ニヤニヤしながら手招きしているので行ってみると、そばには奥方のボアライが次男に哺乳瓶を含ませながら座り、私に会釈する。
ケオに、「昨晩の騒ぎは、あれからどうなったんだ?」と聞くと、「どうもこうも、あれを見てみろ」と、ソムサックの家の戸口を指差す。戸口は蝶番が完全に外れ、中程から折れていた。「誰が壊したんだ?」と聞くと、「もちろん、ダムロンだよ」と苦笑する。

話によると、私達をホテルに送り届けてダムロンが家に戻って来ると、さすがに泥酔したソムサックもその後の展開を予想できたらしく、入口にカギをかけて家に引きこもっている。ダムロンはトゥクトゥクを降りると、凄い形相で直接ソムサックの家に行き、声もかけずに戸口を押し開けようとしたが、カギがかかっている。ダムロンはケオに「どこかに行ったのか?」と聞き、ケオが「中にいるはずだ」と言うと、ダムロンはキック1発で木戸をバラバラに蹴り飛ばしてしまい、中にいたソムサックにものも言わずに掴みかかり、必死に許しを乞うのも構わず、目茶苦茶に殴りつけてしまったらしい。
ソムサックは、いまだに起き上がることもできないらしく、「医者に行かなくて大丈夫なのか?」と聞くと、「朝になってから手当てしたから、大丈夫だ」と苦笑いしている。ケオは、「あんなことをすれば、どうなるかよく知っているはずなのに、ソムサックのような酒癖の悪い奴は、きっと死ぬまで治らないのだ。子供もいるというのに、情けない奴だ」とか言っている。私は、「お前も、ソムサックのことを言えないよ」と言いたかったが、奥方の手前黙っていた。ケオの奥方に会釈してダムロンの家へ行くと、ダムロンは釣りの仕掛け作りをしていた。田中氏が土産に持って来た免税のウイスキーをチビチビやりながら、小さな吸い込みの仕掛けに取り組んでいた。
機嫌も良さそうなのでソムサックのことに触れると、「あんな奴は死んでしまえばいいんだ」と苦々しく言い、「もうソムサックにはトゥクトゥクを貸さないし、口もきかない」と言う。「これからは、俺がトゥクトゥクの仕事もやる。お前の足はもちろん、夕方になったら稼ぎにも出る。チェンイン・ホテルの前の中継所の既得権は元々は俺のもので、3年前にケオに譲ったのだ」と言うのだ。「それでは、ダムロンは3年前までサームローの運ちゃんをしていたのか?」と聞くと、「そうだ。5年近くやってたんだ。」と言う。私に飲み物を持って来てくれたティップに、「ダムロンがあんなことを言っているけど、本気なのか?」と聞くと、「もうサームローは無理かも知れないが、トゥクトゥクならば大丈夫でしょう」とか言っている。「いや、私が聞きたいのは体力の問題ではなくて、意思と時間の問題だよ。もし本当にやるとなると、ダムロンはもちろん、ティップだって色々大変だよ」と言うと、「毎日ではないから、平気、平気」とのことであった。しかし私は、「仮にダムロンがトゥクトゥクを本気でやっても、今の生活から見て大した収入にはならないのでは?」と思った。

そしてこの時、それまでに部分的に聞いていたことも含めて、初めてダムロンの家族の過去の話を本格的に聞いた。その内容はとても悲惨で、私には想像もできない世界の出来事であったが、ダムロンはこれを大成功した過去を自慢するかのように、面白おかしく話してくれたのである。

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