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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第11話~第15話 by蘭菜太郎

ダムロン物語(3) ダムロン物語
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第12話:トック・プラー(釣り)

それからしばらくして、ダムロンが釣りを始めた。親友のウイラットに付き合ってたまに行く程度であったものが、トゥクトゥクという足ができたことで便利になり、そのうちほとんど毎日出かけるようになった。出かけるのは、チェンマイ郊外のブスリン、サンカムペーン、ラムプーンといった場所にある釣り堀で、野釣りにはまだほとんど行かなかった。チェンマイ郊外にはたくさんの釣り堀があるが、その多くにはレストランが併設されている。中には、釣り堀つきの観光施設といった風情の、宿泊設備まである「リゾート」と呼んだ方がいいようなところもある。

野釣りとなると、食料や飲み物から日除けのビーチパラソル、休むための椅子やマットまですべてを用意して行かなければならないが、釣り堀であれば釣竿と餌だけ用意すればよく、その気になった時にいつでも行けるので、気軽かつお手軽ではある。しかし、釣果よりも食事のうまさを気にしてしまう私には、気に入らない場所が多かった。肝心の釣果の方はどこも似たりよったりで、最大の獲物が20cm・300g程度で、普通は3人で釣っても2~3kgがいいところである。ごくまれに1kg級の獲物が釣れることもあるが、そんなことは、ほとんど毎日のように行っているダムロンでさえ1カ月に2~3尾であった。
ダムロンがよく行く釣り堀は、飛行場の近くの壊れた飛行機が放置してある一角にあり、池のそばに崩れかけたバラックのような売店があるだけで、食事などは用意しなければならなかった。それでも、私が一緒に行くと言えばたいていティップも同行し、市場で食べ切れないほどの食料を買い込み、釣りをしながら、やれコーラが飲みたいの、果子が食いたいのと気ままなことを言う私の世話を焼いてくれた。

この頃、私が最も気に入っていた釣り堀は、ブスリンの奥まったところにあった。この釣り堀は非常に大きく、「く」の字形をした池は長さがゆうに200m以上はあった。池の周りには、5~6人が食事のできる1m半四方くらいの高床式の小屋が10棟ほど建っていて、ほかに雨でも釣りができるように、2棟の屋根付きプレハブがあった。チェンマイ近郊なので1時間足らずで行け、賄い人がいるのでティップの手を煩わせずに済んで、私には気が楽だった。それに、何よりも、食事がうまかった。

私は延べ竿の浮き釣りでノンビリと釣るのが好きなのだが、ダムロンはリールが好きだ。場所的にリールが無理な場合でも、まずはとにかくリール釣りを試す。時には、延べ竿があるのに、わざわざリール竿で2m先を狙ったりもする。また、私はなるべく繊細な仕掛けで釣るのが好きだが、ダムロンはいつ大物がかかってもいいように、えらくゴツイ仕掛けを付けている。たまに、私の竿に大物がかかり糸を切られたりすると大変残念がり、「もっと大きい仕掛けにしろ」と言う。「ああいう大物は、繊細な仕掛けでしか釣れないんだよ」と教えてやると、「糸を切られたのでは、何にもならないではないか」とダムロンは言い返す。
「ゴツイ仕掛けにして魚がかからなければ、もっと何にもならないじゃないか」などとやりあう日々であった。

ある時ブスリンへ行った時のこと。その日は日曜日で、朝の10時頃からダムロン、ソムサックと私、それに私の旅の先輩である鈴木氏の4人でワイワイと釣りに繰り出すと、すでにかなりの人出があり、例の高床式の小屋はどれも客が入り、ふさがっていた。仕方がないのでプレハブの方へ行き、他の人に混じって、てんでに釣り始めた。大した釣果もないまま昼飯も済み、もうあとひと釣り、と糸を垂らし始めた時、私とダムロンの間で釣っていた10歳くらいの男の子の竿に大物がかかった。
男の子の力ではどうにもならないらしく、完全に魚に振り回されている。後ろの芝生に、シートを広げてピクニックがてら釣りに来ていたグループの中の、その子の父親らしい男の人がやって来た。それでも、しばらく取り込みに時間がかかり、最後には3人がかりでやっと玉網に入れた。その大物は、タイでは「ノーンチャーン」と呼ばれる草魚の仲間で、体長50~60cm、重さ2~3kgくらいはありそうだ。大殊勲の男の子の弟らしい子供が、「ワーイ!お兄ちゃんが釣った、お兄ちゃんが釣った!!」と喜び踊っている。お話にならない小物しか釣れていない2人の間で釣られてしまったダムロンと私は、非常におもしろくない。お互い顔を見合わせて苦笑していると、今度は子供2人で釣り始めた。
すると、ものの10分もしないうちに、今度は弟の竿に大物がかかった。またまた大騒ぎして何とか釣り上げると、これもさっきのと同じくらいの大きさのノーンチャーンであった。今度は男の子が2人揃って「ヤーイ!釣れた、釣れた!!」と大喜びで踊っている。
これでダムロンは完全にキレてしまったらしく、釣竿を放り出してしまった。そして、やわら座ったままでシャツを脱いでベルトを外し、立ち上がりながらズボンも脱いだ。パンツひとつになったダムロンに、大人も子供も周りにいるすべての人が注目し、一斉にダムロンの入れ墨に目を見張った時、彼はもんどり打って頭から池に飛び込んでしまった。私は、「アチャ~、始まちゃったよ。大変なことにならなきゃいいけど……」と肝を冷やした。すると、ダムロンはそのままゆっくりと、かなり沖まで平泳ぎで泳いで行ってから、またゆっくりと戻って来た。戻って来て水の中から顔だけ出しているダムロンに、私のすぐそばで釣っていたおじさんが、「どうしたのか?」と聞いている。すると、ダムロンは立ち泳ぎをしながら2人の子供を指さして、「あいつらは悪い奴らだから嫌いだ」とか、訳の分からないことを言って笑っている。おじさんも、2人の男の子を見ながら、「俺も飛び込みたくなってきた」と言って笑っている。大物を釣った子供をからかっているだけだと分かると、すぐに周りで見ていた人達の表情も和らぎ、また、固唾を飲んで事の行方を見守っていた私も、大事にならずに済んでほっとした。私は、バックに入れてあったペロペロキャンディーを2個取り出し、2人の男の子に「これは大物を釣った勲章だ」と言って、胸のポケットに挿してあげると、男の子たちは喜んでまた踊り狂った。

ダムロンが水から上がって来て、「汗も流したし頭も冷えた。今日は早めに帰って弦直しをしよう」と言うので、その日は早々に切り上げてサンパコーイに戻った。

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