第37話:ダムロン、出所する
1990年の10月はじめ、1ヶ月半ぶりにダムロンの家に遊びに行った。ダムロンは、もう数週間前に仮釈放になっているはずなので、チェンマイに着くとすぐにご機嫌うかがいに行ったのだ。
私が家に着いた時、ダムロンは鼻歌を歌いながら釣りの支度をしていた。私の顔を見ると、まずは言葉もなく「ワ~ッ!」と言って私に抱きついて来た。互いに背中を叩き合って、2年間の接見での言葉を交わす以上の再会を喜びあった。
2年前には日頃の不摂生のためにだいぶダブついていた身体が、かなり締まったのがわかった。
「これはまた、ずいぶんとスタイルがよくなったじゃないか」と言うと、「刑務所は食いものが悪いからな」と言う。「でも、今のほうがカッコいいし、第一健康そうだぜ。身体のためにこれからも刑務所から食事を出前してもうらといいよ」と私が言うと、「よしてくれよ。おかげで、以前の服はほとんど寸法余りで着れなくて困っているんだ。早く体重を戻したいんだからよ」とか言っている。ティップが冷たいコーラを私にすすめながら、「このところ、日に5回も食べるんですよ」と言って笑っている。まもなく舎弟のパンと居候のパーンがやって来て、「いや、もうすでに体型は崩れ始めてる」とか、「腹の出ていないダムロンはダムロンらしくない」とか、それぞれ好き勝手なことを言っている。ワイワイと皆と話をしながらダムロンが作っているのは、どうやら大物釣りの仕掛けのようである。
この時、ダムロンは12号ほどの大き目の吸い込みの仕掛けの糸の結び目に、接着剤をつけて強度を増加させていた。「ウィラットと夜釣りに行くのかい?」と聞くと、ウィラットとは週に2回ほどで、後はパン達と行ってると言う。「そりゃあ普通仕事をしている人は週2回も行けばせいぜいだよ。まして夜釣りでは、翌日はほとんど何もできないだろうから、仕事をしてなくても毎日は物理的に無理だろうよ」と言うと、「そうなんだ。1日おきにしか行けないんだ」と、とても残念そうに言っている。思った通り、ダムロンは完全に大物釣りにハマってしまっているようだ。「それで、その釣果のほうはどんなだった?手ごたえのあるのが釣れたかい?」と聞くと、ダムロンはニヤリと笑った。おもむろに開けた冷蔵庫には、ギッシリと魚が詰まっていた。2つ3つに切られて冷凍庫で凍っているのから、調理の途中のものまで、ものすごい量である。どうやら、今やティップの片手間ではさばき切れないくらいの魚があるらしい。嬉々として語るダムロンによれば、今までの最高の獲物は12kgのプラーレンとのこと。こいつは100cm以上あって、釣り上げるのに1時間近くかかったという。
「そいつをもう少しで取り込もうとしてる時のダムロンの顔はすごく怖くてよ、俺はもしも糸が切れたら、ぶん殴られるんじゃないかとハラハラしたよ」とパンが笑いながら言う。ダムロンが、「何を言うか。お前こそ女みたいな悲鳴をあげやがって。お陰で周りの釣り仲間が喧嘩でもしてるのかと思って見に来たじゃないか」と言い返していた。「次はいつ行くんだ?」と聞くと、「昨日の朝戻って来たので、いつもなら今日は昼から釣りに行くところなんだが、実はこのところ連チャンだったので、今日は骨休みにしたんだ」と言う。「それはちょうどよかった。今日は着いたばかりなのでちょっと無理だけど、明日なら一緒に夜釣りに行けるよ」と私が言うと、「そうか、明日はウィラットも一緒に行くというから、こいつは顔ぶれが揃うな、久しぶりに皆で行って大騒ぎをしよう」とか言っている。「オイオイ、釣りに行くんだから大騒ぎはダメだよ。でも、魚にわからないように、少しだけ騒ごう」ということで、明日の釣りの話は簡単にまとまり、まずは出所祝いだということで、まだ夕方だったがチェンマイコカに、皆で夕飯を食べに行くことになった。
ティップはケオとソムサックからは目を離せない、というので、この病人のような不肖の弟2人も無理やり連れ行くことになり、ケオの家族、パン、パーンとブンなど、10人以上でチェンマイコカに乗り込み、この時にもタイスキをたらふく食べた。食事中、ダムロンはうれししかったのだろう、刑務所での小事や釣りの話、結婚した2人の妹のことから仏頂面で同席している2人の不肖の弟への小言まで、えらく興奮した様子でひとりしゃべり続けていた。
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