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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第36話~第40話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
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第38話:ある提案

皆がタイスキで腹いっぱいになり、ダムロンのおしゃべりも途絶えたのを見計らって、私はこの場で切り出そうと思っていた事柄に話を持っていくために、ダムロンに素朴な、かつ重要な質問をした。

「それで、ダムロンはこれから何をするんだい?死ぬまで釣りしかしないつもりなのか?まあやっていけるうちはそれでもいいけど、扶養家族も多いことだし、やりくりしていくティップは大変だと思うんだ。ダムロンのことだから、いつまた刑務所に逆戻りするかもしれないしさ」と冗談半分に言うと、「実のところ、今は何も考えていないんだ。いや、色々考えてはみたのだがどの仕事もむずかしいだけであまり儲かりそうになくてよ。本当はお手上げの状態なんだ。だから今は何も考えていない、ということだ」とか気楽なことを言っている。しかしダムロンの場合、何もしていないということは警察に捕まる心配もないということで、それは本人にとっては無論のこと、関係者全員の安心でもあった。

実はこの時、私にはひとつの提案があったのだ。これは田中氏と2人で話し合って出た提案で、ティップに小店をやらせてみようというものである。彼女がいつも作っている魚のバナナの葉の焼き物は、なかなかという以上のものであることを田中氏もよく知っており、あれは絶対に商売になると踏んでの提案であった。すでにかなりの量を毎日売っており実績もあるのだから、本業にしてもいいのではないかということなのだ。
ティップがそれをこなせれば、ダムロンをはじめ多少の扶養家族を養うのも大したことではなくなるし、ティップひとりでは無理でも手伝いくらいはできる人間は大勢いる。「小さな商売だが、どうだいダムロン、ティップにやらせてみないか。ティップ、やってみたいとは思わないか?」と2人に話をすると、ティップが珍しくやってみたいと意思表示をした。もっとも、彼女には前回チェンマイを離れる時に、「こんな提案があるので考えておいてくれ」とすでに伝えてあったので、彼女も心を決めていたのだろう。
どう考えてもたいした商売にはならないと思ったのか、ダムロンは最初は消極的であった。「そんな程度では生活はできない」と言うのだ。「いや、それはダムロンのこづかいまでは無理だろうが、皆で飯くらい食えるし、たとえ小額でも日銭が入るというのはとても生活が安定するものだよ。第一、ティップの活躍の場ができて彼女自身の張り合いも出てくる。ダムロンは考えたこともないだろうけど、仕事は収入以外のものも人に与えてくれるんだ。一般的に、仕事をしていない人は普通の生活をしていないということで、ものすごいお金持ちか、よほど悪いことをしている人と相場が決まってるんだ。普通の人には職業というものがあって、それが生活の基盤になっているんじゃないか。普通の人は、皆その仕事や生活の中で一喜一憂を繰り返してるんだよ。それが普通なんだよ。ダムロンのように、外からそれを眺めているだけでは人の生活をしたことにはならないんだよ。無論たいへんな部分は避けられずあるけれど、仕事というのはやってみると結構楽しい部分も多いんだぜ。特に、自営業なら仲よしが集まって気楽にやれるし、楽しいと思うけどな~。」と、私は自分なりに精一杯力説してみた。

無論、普通の生活をしたことのないダムロンに、それらの言葉が通じるとも思わないが、ダムロンに初めて訪れたまともな人間になる機会であるのに、ダムロンも周りの人間もまじめに受け止めていないことへのいらだちもあり、いつになく説教じみたことをダムロンに言ってしまった。
ところが意外にも、私がいまだ流暢とはほど遠いタイ語で力説したこの言葉は、ダムロンの心を揺さぶったのである。いや、それ以上にダムロンの心を揺さぶったのは、ティップの意思表示だったかもしれない。以前は、ダムロンの前では自分の意見など言うことはほとんどなかったのに、その時は私の言葉にいちいちうなずき、ダムロンの手を握って「この仕事がしたい!」とせがんでいた。彼女が、自分の求めるものをこれほど強く意思表示することは今までなかったのだ。ティップは、この2年でとても強くなっていた。ダムロンが刑務所に入っていた間、一瞬でも目の離せない家族を何とかまとめてきたのだから、強くなって当然である。
ダムロンは、しばらくティップに握られた手を見つめながら考えていたが、意を決したように身動きしてからティップを見て、「本当にやりたいのか?」と確認した。ティップはしきりにうなづいている。ダムロンは私のほうに向き直ると、「始めるのはいいが、結構金がかかるぞ。」と言う。私は、「それでは、やらせてもいいんだな?開業資金のほうは、すでにだいたいのところは計算済みなんだ。店の規模にもよるけど、特別な機械も備品も必要ないので意外に金はかからないよ。重要なのは、ダムロンの許可と皆のやる気だ。ティップひとりの仕事ではなく、この家族の仕事として皆に協力してもらわなくちゃならない。だからこそ皆が揃った今、この話をしているんだ。まだ、どこでどうするかもわからないけれど、ダムロンの許可が出たので早速動き始めようぜ。まずは明日ウィラットに会ったら、開業のために必要な手続きを聞いてみようと思う。ウィラットだって、きっと大賛成してくれると思うよ。」と私は答えた。

私の思った通り、ウィラットは大変喜んだ。昼すぎにダムロンの家に行くと、もうすでにウィラットは来ていて、ニコニコ顔でいきなり私の手を握ってきた。「今ダムロンからえらくいい相談をされてるんだが、お前本気でやるつもりなのか?」とか言っている。「いや、別に私がやるわけではないんだ。ダムロンの許しを得てティップがやるんだよ。ダムロンとティップが本気ならもちろん本気さ。それで、雑貨や惣菜を売るような小さな店を開業する場合、どんな手続きが必要なんだい?」と私が聞くと、ウィラットはさらに笑顔を深め、「今ダムロンにも言ったんだが、そんなものはいらない。いや、本当は届け出なくてはならないのだが、届ければ課税対象になるので無届けでいい。何か問題が起きることもまずない。仮に問題が起きても、その時に何とでもできるさ。まったくだいじょうぶだ。」と言うのだ。別に株式会社を作るわけではないから、せいぜい登録程度であろうとは思ってはいたが、食品を扱うつもりなので、何がしかの認可が必要だと思ったのだ。
「そんなことは、ある程度商売が軌道に乗ってから考えればいいんだよ。」とのウィラットの言葉で、完全に皆の決心が固まった。「それより、どこに店を出すんだ?何を売るんだ?ダムロンもティップも知らないと言っているし、一体何をするつもりなんだ?」とウィラットがたたみかけて来たので、私は後ずさりし、「ちょっと待ってくれよ。それらはこれから皆で決めることで、今私に聞かないでくれよ。でも、売るものは今も聞いた通り、雑貨と惣菜になると思う。別にそれにこだわっているわけではないから、変更や追加はティップにまかせるよ。問題は場所だな。店の場所だけは慎重に考えなければならないぞ。それが最初のハードルだと思っているんだ。」と私は言った。

釣りも商売も、一番重要なのは場所である。適切な場所であれば、別に商売上手でなくとも、そこそこまじめにやってさえいれば、苦もなく商売は繁盛するものだ。「雑貨や惣菜なんかがよく売れそうな場所で、ティップや手伝いの人の負担を少なくするため、なるべく近くか、少なくとも行き来するのに便利でないと長続きはむずかしいよ。それに、家賃が高ければそれだけ商売への負担が大きくなる。負担は小さいほどいい。設備投資も、すればするほど当然金がかかり、それを維持するのにまた金がかかり負担になる。始める前には最低限にして、始めてからどうしても必要なものからひとつひとつ揃えていくべきだ。店のほうはこれから数多くの場所を見てみてそれから考えるとして、ティップはどんなものを売ったらいいか、それをどう展開して売るか、それにはどんなものが必要か、などをよ~く考えて、開店前に必要な最低限のものを揃える準備をしておくんだ。最初は、品数は少なく考えたほうがいい。肝心なのは、何を売りたいかではなくて、「何が売れるか」なんだ。商売とは、それを探し続けるゲームのようなものなんだ。うまく見つかると、たくさん景品がもらえる。ダムロンは賭けごとが好きだけど、商売は最高のバクチなんだぜ。持てる限りの頭脳と努力とある程度の金を賭けたバクチだ。ただ違うのは、それが遊びではないということだよ。」と私は説明した。

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