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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第21話~第25話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
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第22話:チェンマイ刑務所(2)

「ダムローン ウォンタケーオ!!」と名前が告げられると、そそくさとティップが前に出て行って警務官から書類を受け取り、そのまま後ろの方へ歩いて行く。そして、その後から私とソムサックもついて行った。

待合い所の反対側の一角には、左右両サイドにいくつかの小部屋になった留置場が並んでおり、ここはどうやら移送囚用の施設のようだ。そのうちのいくつかには囚人が入っていて、その人の名前や番号、移送先などが記された印刷物が張りつけられた掲示板が鉄格子の前に下がっている。囚人達が暗い目でこちらを見つめる中をスゴスゴと歩いて行く。その突きあたりには小さな入口があり、ここで係官が書類を確認し持ち物検査をして、やっとのことで接見室に通されたのだが、この接見室には大変戸惑ってしまった。
接見室は奥行15m、左右が15mくらいの部屋で、出入口はひとつしかなく、入って5mほど先のところには、床上1mくらいから全面に金網を張った鉄格子になっていて、さらにその先5mほどのところにも同じように金網を張った鉄格子が据え付けられている。どうやら、あちら側もこちら側と同じ作りの部屋になっているようで、この2つの部屋を隔てている空間もまた同じくらいの大きさである。まるで、真四角の部屋を金網で3つに区切ったような作りになっているのであった。中央の、金網と金網を隔てている空間には、マシンガンをベルトで首から胸の前に下げ、両手を銃にかけて警戒している警務官が2人いて、万全の態勢である。その、決して広くはない部屋に、名前を呼ばれた囚人の接見希望者が30人以上、まとめて入れられたのである。

ザワザワと落ち着かない雰囲気の中、金網の前で我々が待っていると、間もなく向こうの部屋のほうから「ピリリッ」と笛の音がして、警務官の命令調の大きなかけ声が聞こえて来た。どうやら、接見室へ囚人達が連れてこられたようだ。ほどなく、向こうの金網の中の接見室に、ドヤドヤと20人ほどの囚人達が入って来た。ダムロンは、最後の方にのっそりと姿を現し、私を認めると片手を上げて、笑っている。見たところその様子に変わりはなく、元気そうである。私は、ダムロンの姿を目にしたら、何だかとても安心してしまった。

5mも離れたところにある、向こう側の金網の中にいる相手に話をする状態の接見であるので、コミュニケートするには小さい声では聞こえない。しかも、そこにいる何10人もの人が一斉に大声で話をするので、それはそれはスゴイことになる。ほとんど怒鳴るような大声でないと、向こうにいる囚人には通じないし、向こうも向こうで大声で話してはいるのだが、ほかの人の大声と混じってしまって、聞き分けるのは大変困難だ。それでも何とか話をしようと、お互いに金網に取り付き、皆大声を上げている。これぞまさしく阿鼻叫喚と呼ぶにふさわしい光景である。さすがに、私もこれには唖然としてしまった。
もちろん完全にプライベートな接見を考えていたわけではないが、これではとてもまともな話し合いなどできるはずがない。内緒話など、絶対に不可能である。まあ、健全と言えば言えないこともないが、プライバシーなどはまったく考慮されていない。ティップも、大声でダムロンと話をしている。隣の女性が、赤子を両手で持ち上げて向こう側に見せていた。赤子の父親がいるのだろうか。赤子は、周りの騒然とした状態に驚いて、顔を真っ赤にしてギャーギャーと泣いている……。
このような接見の中、何かを書いてあるらしい紙切れを金網から出し、振っている囚人がいた。すると、マシンガンを持って警戒していた警務官がその紙を受け取り、内容を確認してから、こちら側にいる女の人を指差して囚人に確認し、渡している。すると、ダムロンも何やら紙切れを金網から出している。それをティップが警務官を経由して受け取った。どうやら、次回に持って来てほしい差し入れ品のリストらしい。

このような接見は約20分間続いた。「ピリリッ」と笛の音がして、出入口にいた警務官が接見終了を大声で伝えると、ただちに大騒ぎは終わってしまった。ダムロンとほとんど何も話してないのに、もう終了になってしまったのである。残念ではあるが、仕方がないようだ。もう大声で話す人もなく、警務官に導かれてみんな外に出はじめている。向こうの囚人も、同じように数人の警務官に指図されながら、接見室から出はじめていた。
すると、ソムサックが私のそばに来て、「今少しここにいるんだ。」と言っているのでティップの方を見ると、彼女はまだ金網に張りついてダムロンの方を見ていて、ほかの接見者と一緒に出て行く様子ではない。ダムロンもほかの囚人と行動を共にせず、金網の前を離れようとはしない。「これは、どうなるのかな」と興味津々で見ていると、間もなくみんな外に出て行ってしまい、私達3人だけになってしまった。向こうの囚人側も、もう残っているのはダムロンだけである。ティップが私に「ダムロンと話してもいいですよ。」と言っている。私は少々戸惑ったが、ダムロンはやはりここでも顔役であり、所内でも一目置かれているということなのだろうな、と理解した。無論自由はないのだが、ダムロンは刑務所の中でも兄貴風を吹かし、特別扱いされているようだ。しかし、先ほどと違ってかなり緊張を緩めてはいるものの、警務官もまだそこにいて、我々の方をを見ている……。
ダムロンが私に「いつチェンマイに来たんだ?」と話しかけて来る。私が「おとといだが、10日ほどいるので、その間に私に何かできることがあるか?」とたずねると、「数日中には刑期が決まるので、それから考えよう。」とか言っている。私が「トゥクトゥクとソムサックを貸してくれないか。」と頼むと、ダムロンはジロリとソムサックをにらみ、「もし酒を飲んだら、ぶん殴ってやってくれ。」とか言っている。ソムサックは、うつむいて苦笑いをしていた。見張っている警務官もいるので、あまりヘンな話もできないから、ダムロンとの会話はその程度のものであったが、とにもかくにも直接ダムロンと話せたことで私は大いに満足できた。その後も、少しの間ダムロンはティップを話をしてから、私に片手をあげて「また来てくれ。」と言って別れを告げ、警務官に手を合わせてワイ(合掌)をして接見室から出て行った。私達も部屋から出て、警務官に会釈しながら戻って行くティップの後について歩く。

刑務所の鉄の通用門から表に出ると、外は目が潰れてしまうかと思うほどまぶしかった。
まるで、釈放された囚人のような気分になり、清々しい。数日中に決まるという刑期が少しでも軽くなってほしい。私は、なぜかガラにもなく神仏にでも祈りたくなった。心の中で手を合わせると、何だか清々しさが増していくような気がした。

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