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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第21話~第25話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
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第24話:娑婆での日々

パンに「弁護士を食事にでも誘いたいので、先方の都合を聞いてくれ。今晩か明晩、できるだけ早いうちがいいな。」と言うと、「よし来た。もう家についてる頃だから、今から電話をしてみるよ。」と言い、両拳を力強く前後に動かしてガッツポーズを取り、「ウイ~ッ」と奇声を発して今一度喜びを表してから、急に振り向いて足早に去って行った。

翌晩、ダムロンの追起訴回避のお祝いを内輪で行った。弁護士を招待して、ダムロンの家族や舎弟など10人ほどで、アヌサーンにあるシーフードレストランへ行き、大いに飲み食いした。弁護士は、いかにもマジメそうな静かな人で、「今年でもう45歳になります。」と言ったが、10歳くらいは若く見える、痩せ型中背の好人物であった。ダムロンの追起訴回避の快挙をほめ、礼を言うと、「いやいや、これはあまり大きな声で言えるようなことではなく、本来弁護の手段としては邪道なものなのです。でもうまくいってよかった。」と謙遜している。この弁護士の話では、ダムロンの刑期は先の決審通り2年半である。しかし30ヶ月の7割以上の期間を模範囚でいれば、仮釈放の対象になるので、21ヶ月を過ぎたらただちに仮釈放請求を行うそうだ。刑期は収監の全期間であり、逮捕からすでに2ヶ月たっているので、正確にはダムロンは19ヶ月たてば仮釈放される可能性が高い、ということであった。「この件では、検察は内部抗争の際の傷害教唆の証拠をあげていたし、仲間の告発証言もあり、事態は実に深刻だった。しかし、暴力的な尋問を受けながらも黙秘を通し続けたことがよかった。検察は彼の黙秘に手を焼き、結局は泣きを入れてきたんですよ。」と弁護士は言い、ダムロンの普通ではない肝の座りかたをほめて、満足げに笑っていた。

その翌日、ティップと一緒に今度はパンも誘って、私にとっては2度目の面会に行った。心配していた追起訴が避けられた余裕からなのか、この時はもう刑務所内でとまどうこともなく、接見の終了後には私達だけで話ができることも知っていたので、例の阿鼻叫喚のような大騒ぎも、一歩引いて笑いながら見ていられた。そして、やはり前回と同じく私達だけの接見が許された。

この毎度の特別待遇は、一体どういうシステムになっているのだろうか?我々一般人は、刑務所の中では何の資格もないのだし、どう考えても正式なものとは思えない。いずれにしても、関係者のほぼ全員に何らかの余録を与えているのだろう、ということだけは想像がついた。ダムロンに昨晩のことを報告し、短い刑期で済んだことを喜びあった。パンは、かなりヤバイ内容の話を、すぐそこに警務官がいるのに平然と話して、検察や警察を露骨に罵倒したりしている。もっとも、ここで見張っている官憲はすべて刑務所の職員で、たとえ会話が検察の悪口や犯罪にかかわるようなことであっても、それが逃亡の相談とかでない限りは、何を聞こうがまったくの無関知なのだろう。パンが「支払いをしない奴はどうする?」と聞くと、ダムロンが指で首をかっ切るゼスチャーをしている。何の支払いなのか、ダムロンがそれに対してどういう指示をしたのかは歴然であるのに、パンはむしろ感心したような表情で話を聞いている。以前ダムロンの言った「その気ならば、刑務所の中のほうが簡単に麻薬を手に入れられるし、値段も安い。第一捕まる心配がない」との言葉を私は思い出した。その後、ティップが家族の近況などを話してから、ダムロンは私にいつもの片手を軽く上げる挨拶をして「また来てくれ。」と言い、警務官に両手を合わせて戻って行った。

ダムロンがいなくなると、軽く済んだとはいえ2年近く投獄されるのだ、という現実が重くのしかかり、それまでの浮き浮きした心持とは反対に、何か気が重くなってきた。パンもティップも同じであるらしく、皆一様に押し黙って、重い足を引きずるようにして出口に向かった。辛気臭い刑務所の門を出てからも心は晴れず、全員言葉が出ない。家に帰り着いてから、パンに先程のダムロンとの会話の中の気になった部分について聞いてみる。「パンよ、ダムロンはもう組織とは離れたんじゃないのか。まだ密売の仕事に、携わっているのかい?」と聞くと、「いや、もう組織とは何の関係もなくなっている。しかし、個人的な貸し借りは残っているので精算したいのだが、貸してる分を取らないと支払いもできない。こんなことになったのも組織を離れたからで、貸してる奴は甘く見て返済を渋るし、借りてる奴は貸し倒れを案じてせっついてくるしで色々大変なんだ。」と言う。組織の傘下を離れるということは、たとえダムロンであろうとも、そういうことなのだろう。
どうやらダムロンも、今度はほかに選択肢はなく、本当に組織を離れる心づもりらしい。しかし、彼が今までまともな仕事をしているのを見たことがないので、堅気になったダムロン、というのがどうも自分には想像しにくかった。ダムロンは、戻ったら一体何をするつもりなのだろう……。

それから以後、ダムロンのいないチェンマイとなり、たいへんもの足りなかったし不自由でもあったが、ダムロンの家族とも友達ともそれまでと変わりなく付き合っていたし、ダムロンの面会にも必ず行き、刑務所の職員ともおなじみさんになった。
ソムサックは、一番怖い人であるダムロンがいなくなったので、やはりほとんどいつも酒に飲まれており、使いにくかった。腹いっぱい飯を食わせてみたり、タイでは高級なビールにさせたり、だましたりすかしたり色々工夫しながらつきあっていた。時には、夕方早々に飲み過ぎてしまい、ケオにサームローで送ってもらうこともだびたびであった。

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