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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第21話~第25話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
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第23話:タムディー・ダイディー(善行善果)

翌日、ティップを誘って山の上の大寺院、ワット・プラタート・ドーイステープにお参りに出かけた。ソムサックの運転するトゥクトゥクで、山の中ほどにある寺院の登り口まで行ったのだが、勾配がきつくてトゥクトゥクでは結構大変である。それでも何とかたどり着き、ケーブルカーに乗り換えて寺院まで向かう。
この巻き取り式のケーブルカーは、後年にケーブルが切れて死者が何人も出る大事故を何度か起こして別のものに取り替えられたが、この時にはまだあった。ティップは階段で行きたがっていたが、自分にとっては下りはともかく、登るのはとてもキツイのでケーブルカーにした。寺を一巡りしてから特別にお布施をして、ダムロンの罪を清める祈願をした。坊さんに法要をしてもらい、罪の浄化を祈願するこの法要には何と1時間以上もかかり、足が痛くなってしまった。おまけに帰りは階段で戻ることになり、いやいやながら長い石段をダラダラと下り始める。石段の随所に座り込んで両手を合わせて喜捨を求める乞食たちに、わざわざ用意してきた小銭を恵んで善徳を積みながら、ゆっくり石段を下りて行く。やっとの思いで登り口まで戻った時には、もう足も腰もガクガクである。

思ったより大変だったお参りからサンパコーイに戻った時には、もう夕方になっていた。ダムロンの家の中に入ると、ケオの奥方ボアライと話をしていたパンがニヤニヤしながらやって来て、「ダムロンのためにわざわざお参に行ってくれたのか?」と聞いてきた。「まあそうなんだが、私が安心するためにお参りしたともいえるな。なぜか、そうした方がいいような気がしたんだ。」と答えを返すと、「そいつは、もしかしたら本当に効いたのかも知れないぞ。ちょっと前に帰ってしまったが、弁護士が来ていたんだ。検察との話し合いがどうやらうまくまとまりそうだと、報告に来てくれたんだ。検察がついに折れたんだ。ダムロンは、追起訴されないようだぞ。」とパンが言った。それを聞くと、ティップが「ヒエ~ッ!」と悲鳴をあげた。見ると、少しほうけたような表情をしてから目を閉じて急に泣き顔になり、あふれる涙を隠すようにうつむき、すぐに両手で顔を覆って泣き出した。私とパンはお互いにしばらく見つめ合ってから、両手を握って「よかった!やったぜ!!」と、喜びを分かちあった。ティップは、もうその場にうずくまり、両手で顔を覆ったまま声をあげて泣いている。
私は、ティップのそばに寄って行って同じようにうずくまり、「よかった。本当によかったな、ティップ。これでもう大丈夫だよ。2年くらいならば、何とでもなるさ。もう、後はティップががんばりさえすれば何とかなるんだ。よかったね。」と言って、背中を優しく叩いて励ますと、彼女はますます声を高めて泣いた。主犯として追起訴されれば、軽く済んで15年、悪くすれば25年以上の懲役刑になるところだった。そんな長期刑になったら、本人にとっても周りの人間にとっても、もう死んだも同然である。2~3年のことであれば、話は全然違うのだ。

後々ティップがことあるごとに語るこの時の様子は、私にも忘れることのできない、感動的なものであった。この時、彼女は「これは絶対に仏様が救ってくれたのだ」と、信じたようだ。「あの時は、気持ちがすっかり落ち込んでいて、買い物程度の外出すらも辛くて、お参りに行くなんて思いつきもしなかったの。本当によく誘ってくれたわ。あの時、無理に誘われてお参りに行ったから、仏様が助けてくれたんだわ。」と、ティップは今でも言う。
ティップは、もうこの世ではダムロンと再び連れ添うことはできないかもしれない、と考えていたようだ。自らの不運を呪う毎日で、ダムロンは自分の不運の巻きぞえになってあのようなことになったのだ。すべては自分のせいである、と考え、大変な落ち込みようだったのだ。それがお参りに行ってからは、奇跡のように運が好転した。まだ、ダムロンが釈放されたわけではないが、彼女が、自分の努力で何とか乗り切れる、と思える程度にまで刑期が短縮されて、ティップはがぜん元気づいたのである。この日、両手で顔を覆い声を上げてうれし泣きした時以外に、私は後にも先にもティップが泣いている姿を見たことはない。
ボアライとソムサックがやって来てティップを助け起こし、涙を拭くためのタオルを渡している。ティップは今度は笑い泣きしながら、タオルで目を押さえていた。よほど嬉しかったのだろう、その後もうれし涙はしばらく止まらなかった。彼女の、夜も寝られぬほどの身を切られる思いであったろう不安との戦いの日々は、これで終わったのだった。

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