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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第16話~第20話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
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第20話:残された者たち(2)

悲しそうな顔をして押し黙っまったままのケオを見かねて、ブンが事態を説明してくれた。警察は、まだ追起訴をするので決審ではないと言うが、ダムロンの麻薬密売関与に対する判決はとっくに出ており、懲役1年6ヶ月とのこと。しかし、これ以上起訴されなければの話で、主犯角として追起訴されればもっとずっと重い刑になるんだという。パンが「警察は、何もダムロンを重罪にしたい訳ではないんだ。ただ、ダムロンの仕事仲間を全部捕まえたいのだ。」とか言っている。要するに、警察は芋づる式に捕まえたダムロンから次の芋づるの手がかりを司法取引で聞き出そうとしているらしく、「お前がすべてを有り体に白状しないと、主犯として追起訴するぞ」、と脅しているらしい。ダムロンなど、所詮は密売組織の無数にある手足のひとつにしか過ぎず、警察はその本体を捕まえたいのだ。
パンに、「もしもダムロンが白状したら、仲間に報復されたりするのか?」と聞くと、「まさか。そんなことをすれば警察が黙ってないからできないけれど、もう組織の仕事は続けられなくなるだろうな。」と言う。「それで、ダムロンはどうするつもりなんだ?」とたずねると、「いや、これはすべて弁護士の助言でやってることであって、ダムロンの考えではないのだ。」と言う。ダムロンの弁護士は、司法取引でダムロンの量刑を少しでも軽くするつもりらしい。この弁護士は親友の警察官ウィラットが紹介してくれた人で、刑事事件専門の凄腕と評判の切れ者らしいが、それでも大抵は裏で警察とつるんでおり全面的には信用ができないのだそうだ。
とにもかくにも懲役1年6ヶ月は確定しており、しかも執行猶予中だった懲役1年の分も上積みされて、現時点で既に懲役2年6ヶ月は確実となっている。これだけでも大変なことになったものだと考えてしまうが、これだけでは収まらないとなると、一体どうなってしまうのだろうか。無論、ダムロンの罪は明らかであり、自業自得の当然の結果といえばそうではあるが、これまで親しく友達付き合いをした仲でもあり、何とかならないものかと思ってしまう。

ケオ、ブンとパンの3人を誘って、ダムロンの家に行ってみる。すると、家ではティッブが寂しそうに繕いものをしていた。この時、彼女は他人には慰めようのない悲しみの中にいた。彼女のこの傷心の様子に心を打たれたのは私だけではなかったらしく、ティップの姿を前にして全員が言葉を失ってしまった。黙ったまま、ただ突っ立ってる4人にティップが座るように言うまで、誰も動くことすらできなかったほどの重い悲しみが、彼女から伝わって来た。ティップにも我々の沈黙の理由がわかったらしく、遠くを見るように目を上げ、「ダムロンは、私の命の恩人なのです。私はダムロンに命を救われたのです。」と言って、うつむいた。
ティップにとってダムロンは、親に売られて苦界に落ち、白黒ショーにまで出されて絶望のどん底にいた彼女を救ってくれた、大恩人だと言うのだ。その大切な大恩人を奪われ、ティップは精神的な支えを失い、完全に参ってしまったのである。
私は、先程聞いた司法取引の話を持ち出し、「ダムロンに白状するつもりがあるからこその駆け引きなのだろうから、これは十分見込みがあるのではないかと思う。すでに決審している分だけで済めば2~3年で出て来れるし、その程度で済めば大したもんだと思うよ。最低2~3年と簡単に言っても、これはとても長い時間なのだから、家族が力を合わせて何とか乗り切る覚悟をすることだよ。そんな弱気ではダメだよ。」と言うと、気のよいブンが「そうだ、そうだ。まだ始まったばかりで先が永くなりそうなのだから、ダムロンがいない間、ティップはここでばんばらなくてはならないよ。ダムロンが大病か大怪我でもしたと思えばいいじゃないか。面会はできるのだから、困ったことは相談すればいいのだし、無論俺達だってできる限りは協力するよ。だから、そんなに気を落とさないでくれ。」と言って涙を浮かべている。パンが、「そんなティップを見たらダムロンも悲しむだろうし、今が正念場のダムロンの精神的な邪魔になってしまう。できることをひとつひとつやって、結果が出てからどうするかを決めてもいいんだ。俺はあの弁護士は信用できると思う。奴は必ずよい結果を出してくれると踏んでいる。ケオは心配しているが、あの弁護士はケオが捕まった時に付いたような国選の弁護士とは全然違う。本気でがんばって検察と渡り合っているんだ。だからこそ検察も追起訴ができず、決審が長引いているんだと思うよ。同じ事件の追起訴は判決から3か月以内にしなくてはならないから、普通ならとっくに追起訴しているはずで、これは検察が交渉する気でいるということなんじゃないかな。麻薬取締官だって普通の警官と同じように所詮は役人で、面子を保てる結果が必要なんだ。ダムロンが何年の刑を受けるかなんて、まったく気にしちゃいないさ。ダムロンの情報から次の手がかりが得られなければ、ダムロンを主犯としないといけないから迷っているんだ。」と言う。
なるほど、ダムロンの弁護士は情報だけ与えてその結果を待たずに決審させるつもりなのだ。ダムロンの情報提供による捜査協力を餌にして、国家権力と綱渡りを演じているらしい。追起訴に期限がある以上、逮捕前と違って時間は警察と検察の味方ではない。「こいつは行けるかもしれないな」と、私は思った。しかし、楽観は悪い結果が出た時に失望も大きいので、ティップには「とにかく、決審まではどうなるかわからないのだから、気持ちをしっかり持って対処していこうよ。すぐにダムロンに会って話を聞きたいから、明日でも面会に連れて行ってくれ。」と言うと、ティップもやっとわずかに笑顔を戻し、「明日行きましょう。必ず行きましょうね。」と答えてくれた。

私は、明日ダムロンと会えばもっと何かわかるかもしれないと期待したが、この刑務所での面会は私の想像したものとはまったく違うものであった。

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