連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第16話~第20話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
この記事は約5分で読めます。
スポンサーリンク

第18話:ダムロン、逮捕される

その年(1988年)の6月末、ダムロンが逮捕された。

ちょうど私も旅仲間も出入りしていない時で、チェンマイに行って話を聞くまでまったく知らなかった。7月、久しぶりに遊びに行くと、ダムロンが「実は俺は、今謹慎中なんだ。」と言って、困った事情を打ち明けてくれた。

ダムロンを逮捕したのは普通の警察官ではなく、国際麻薬取締機関のクルンテープ(バンコク)支部の捜査官か何かだったようで、親友のウィラットをはじめとするチェンマイ警察のスタッフは、誰も知らなかったらしい。6月末の早朝、刑事2人と警官3人がやって来て、ダムロンに逮捕状と捜査令状を示し、手錠をかけてから彼の家とその周辺を捜索したという。
ダムロン自身にとってはまったく寝耳に水のできごとで、そんな国際組織が自分を狙っていたことにはぜんぜん気づかなかったようだ。「チェンマイ警察の職員のほとんど全員を知っているが、やって来た警官に知った顔はいなかった。何しろ、年配の制服警官の肩や胸にはやたらと勲章がついていて、あれはたぶんチェンマイ警察の所長より格上の警官なんじゃないか。」と言う。「それで、警察の家捜しで何か出たのかい?」と聞くと、「実は、ガンチャー(マリファナ)が1kgほど出てきたんだ。これは友達からの預かりもので、運悪くたまたま家に置いてあったんだ。しかし、警察があるとニラんだヘロインに関しては無論出てこなかった。そんなヤバイ物を家に置いておくようなことはしないが、ガンチャー(マリファナ)に関してはまったく気軽に引き受けて友達から預かっていたもので、運が悪かったし大いに不注意でもあった。まさか、「俺のものではない」と言って、友達の名前を出す訳にもいかんしな。参ったよ。」とか言っている。
「それで、逮捕されてからどんな処遇を受けたんだい?一応は警察に連行されたんだろう?」と聞くと、「逮捕されたんだから当然だよ。でも、連れて行かれたのは警察署ではなかった。刑務所の一角にある取調室に連行され、留置場ではなく刑務所に入れられた。取り調べにあたった刑事はすべて逮捕した刑事と同じ顔ぶれだったので、これらの様子からチェンマイ警察とは関係を持たない、特殊な少数精鋭の組織だと考えたんだ。だから、拘留中にウイラットをはじめとする知り合いの警官に会っても誰にも声をかけなかった。俺の友達程度では迷惑をかけるだけで、どうにもならないだろうとわかったからな。」と言う。後からウィラットが語った話では、やはり思った通りウィラットなどでは口も聞けないほど偉い、国際麻薬取締官であったようだ。どうやらかなり前から内偵されていて、出入りしていた多くの日本人のことを執拗に聞かれたと言う。「7日間の拘留中に5回ほど取り調べを受け、結局は家捜しで出てきたガンチャー(マリファナ)の大量所持で起訴された。略式裁判で懲役1年を言い渡されたが、一応は初犯であるので3年間の執行猶予が与えられ、すぐに釈放されたんだ。」と苦笑している。ダムロンが、恐らく今もやっているであろうヘロイン密売の証拠が出て起訴されていれば、当然執行猶予などでは済まなかっただろう。不幸中の幸いだった、と私は思った。

しかしそのわずか数か月後、ダムロンの悪運もついに尽きるのである。

9月末、やっと休暇を取ってチェンマイを訪れ、この時もいつものようにダムロンと楽しく過ごした。気のせいかいつもみたいな迫力に欠けてはいたが、ダムロンも楽しそうにしていた。
彼の家族全員を誘って、チェンマイ・コカでタイスキを本当にイヤになるほどたくさん食べた。ずっと前にタイスキに行った時、私に注文をまかせてヒドイ目にあったことがあり、ダムロンはいつもタイスキでは私に注文をまかせっきりにはしないのだが、この時は成りゆきで私が注文をしてしまった。途中で、「いくら何でもこんなに食べられますか?」との係の女の子の問いかけでダムロンが気づき、あわてて確認してかなり取り消しや変更をしたのだが、それでも出てきた量はとても食べ切れるものではなかった。全員力の限りがんばったが、降伏と玉砕が相次ぎ、結局かなりの量を残すことになり、みんなでまたもヒドイ目に遭ってしまった。

日本に帰国する数日前に、一郎が拳銃を購入し「これをダムロン名義で登録してくれ。」と彼に頼んだ。それは357マグナムのリボルバーで、言わずと知れたダーティーハリーの拳銃であった。相手が人間ならばこんな威力は必要ないのでは?と思うほどの音と反動で、とても正確な狙いなどかなわない代物である。これに弾丸を装填したら1kg半くらいはあるので、衝立のごとき大男である一郎以外には扱えない拳銃であった。一郎が、「射撃はからっきしなダムロンには逆に向きかも。」とか言っている。私は、「執行猶予中のダムロンに拳銃の登録ができるのかな?」と思ったので後で聞くと、「ダメならほかの誰かの名義にする。ぜんぜん問題ない。」と言うのだ。何年か後にこの拳銃によっていくつかのトラブルが起きるのだが、その時は拳銃を買った銃砲店の手続きで、ダムロン名義で思ったより簡単に登録ができてしまった。
その時は10月のはじめまでをチェンマイで過ごし、何ごともなく日本に戻った。

その後11月のはじめにも、数日の1人旅ではあったがチェンマイで過ごした。この時も何ごともなくダムロンと楽しく遊び、語った。この頃には、もはやダムロンも私も執行猶予のことなど気にかけなくなっていた。
しかしこの時、私がチェンマイを離れてからわずか10日後に、ダムロンは警察に再逮捕されたのだった。このダムロンの再逮捕のことも、私はしばらくの間まったく知らなかった。私が知ったのは、ダムロンの再逮捕から1か月以上後のことであった。
1989年の1月、久しぶりに正月を日本で過ごした私のもとに、チェンマイに行ってきた旅仲間から、「ダムロンが警察に捕まった」との悪いニュースがもたらされた。「もう、ダムロンのところには遊びに行けないみたいだ。」と彼は言う。
「そんな馬鹿な……」とは思いつつ、私はダムロンが執行猶予中であったことを思い出す。もし、最悪何かの罪で起訴されれば当然執行猶予は取り消され、懲役はどうしても免れないだろう、と思いあたった。

そして、この私の予想した最悪の事態は、現実となっていた。

スポンサーリンク

コメント

タイトルとURLをコピーしました