連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第16話~第20話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
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第17話:ダムロンがヤクザになるまで(4)

「そりゃあダムロンのことだから要領よくやっていたんだろうけど、それにしてもサームローの運転手を5年もやったなんて、今のダムロンからは信じられないな。前に、チェンインホテル(現ドゥシットD2ホテル)の中継場でケオの仲間から聞いたんだけど、ホテルで起きた面倒なトラブルをダムロンが丸く納めたことがあって、それでホテルから特別な客を紹介してもらってたんだって?」と、以前私が聞いた話に水を向けると、「ああ、あのことか。あれは、ホテルの駐車場で起きたトラブルだったんだ。俺達の溜まり場は駐車場の一角にあるので、俺達には駐車場の掃除や管理にある程度の責任があるんだ。トラブルを起こした奴はホテルの常連で、ホテルのほとんどの従業員に蛇蝎のごとく嫌われていた中国人のヒヒ親父で、それは嫌な野郎だった。しかし、やはり客は客なので、みんなガマンしていたんだ。ホテルの駐車場にはガードマンを兼ねた駐車係がいるが、こいつも俺達と友達で仲良くやっていた。ある時、この駐車係のことをその中国人のジジイが、何があったのかは知らないがステッキでひどく殴りつけていたので、ともかく仲裁に入ったんだ。すると今度は俺に殴りかかってきた。客に手を出したらタダでは済まないので、殴り返しはしなかったが、ステッキを取り上げて腕をねじると、女のような悲鳴をあげた。そして、「私は客だぞ! マネージャーを呼べ!!」と大騒ぎを始めたんだ。すぐに、フロントマネージャーと何人かのボーイが駆けつけて来たんだが、駐車係のあまりにひどい様子を見て、さすがのマネージャーも態度を変えたんだ。この野郎は以前にも従業員に手をあげたことがあって、フロントマネージャーは頭に来ていたらしい。「どのような失礼があったのかは存じませんがお客さん、これはやり過ぎではありませんか?」と、逆にこの親父にねじ込んだんだ。「駐車係とダムロンに無礼をわび、怪我をさせた駐車係には慰謝料を払ってくれ。」と詰め寄り、「それがご不満ならば、警察を呼びましょうか?」と、開き直ったんだ。するとこの親父は急に弱気になって、「そんな気はない。」と言い、簡単に詫びを入れると「後で治療費を請求してくれ。」と言って逃げて行ったんだよ。」と、ことの経緯を詳しく話してくれた。

フロントマネージャーはその時に、とにもかくにも客に手を出さなかったダムロンをほめ、彼を気に入ったらしい。その後、ホテルからダムロンに名指しで、金離れのよい客を次々と紹介してくるようになった。そうしたお客のプライベートな観光ガイドやナイトライフの案内はコミッションを見込めることが多く、高収入になった。しかし、ダムロンはこれらの割のよい仕事の大部分を信用できる仲間に回していたらしい。無論、それ相応の仲介料は取るのだろうが、それでも割のよい仕事であることに変わりはなく、雲助仲間のダムロンに対する依存と忠誠の度合いは高くなっていった。
そして、それこそがダムロンの本当の狙いだったのだ。こうして手なづけた運転手達を自分の子分として、闇家業の仕事の手伝いをさせていたのだろう。所詮、サームローの仕事はダムロンの隠れ蓑に過ぎず、やはりずっと以前から続けていた闇取引の仲介が本業であったのだ。なぜなら、生活のために本気でサームローをやっているなら、そんな一番オイシイ仕事を人に渡したりはしない。いかに割のよい仕事であっても、雲助の仕事は結局彼の隠れ蓑と裏社会の仕事をやりやすくする道具に過ぎなかったのだ。

「4年前には、ケオが麻薬所持と使用の罪で逮捕・起訴され、懲役1年を言い渡されたんだ。」とダムロンが話を変えた。「えーっ!!ケオは前にも警察に捕まったことがあったのかい?」と聞くと、「実はそうなんだ。前回も10カ月ほどで出てきたんだが、その時もやはり麻薬を断たせるのに手を焼いたんだ。当時、ケオはソムサックとともに妹のイモンの夫であるタウィの経営する自動車整備場で手伝いをしていたんだが、「そんなことがあっては、いかに義兄とはいえ、いや義兄であるからこそ、他の従業員にしめしがつかない。」と断わられ、出所しても仕事がなかったんだ。ちょうど、その頃にチェンインホテル(現ドゥシットD2ホテル)の経営者が代わり、それに伴って俺達とつながりのあったマネージャー達も入れ替わってしまった。そこで、3年前に出所してきたケオが何とか更生できるようにサームローの仕事をまかせることにしたんだ。」と言う。そして、ケオがサームローの仕事を受け継いでから1年後に、私と知り合ったのだった。
「ふーん。まあダムロンには昔の顔があるから、また雲助の仕事に戻っても気楽な稼業でやっていけることはわかるよ。でも今、そこまでする必要がどこにあるんだい?ダムロンがまたそんなことを始めても、今さら誰も本気にしないと思うよ。第一、ほとんど何の足しにもならないだろう。本当にダムロンの飲み代とタバコ代以上の稼ぎにはならないんじゃないか?特に今は団体の観光客が増えてプライベートな個人客が少なくなり、昔のような旨味は少なくなったと言うぜ。そんなことはダムロンのほうがよく知ってるはずだろう?」と問いただすと、「もちろん、トゥクトゥクの収入をあてにしている訳ではないが、まあちょっとやってみたいんだ。毎日やるつもりなどないし、どんなものか見る程度だよ。ほんの遊びだ。」とか言っている。「まあ、好きでやる分には文句はないさ。毎日家でブラブラしているよりは絶対健康的だし、金もかからない。トゥクトゥクの借り賃と燃料代くらいにはなるかもね。よし、今度チェンマイに来た時にはダムロンのトゥクトゥクを借り切りにしてみようかな。ダムロンのトゥクトゥクで友達を迎えにクルンテープ(バンコク)まで行くんだ。きっとすごく驚くだろうな。」と冗談を言うと、ダムロンは大笑いして、「いや、そいつはホントに面白いかもしれない。」と言ってから少し考えて、「やっぱりクルンテープ(バンコク)まではちょっと大変かもな。」と言って、また笑った。

その後もダムロンは、私の予想通りトゥクトゥクを本格的にやることはなく、以前と同じように釣りに行くか、そうでなければいつも家にいた。ソムサックにはもうトゥクトゥクを貸さなくなり、ソムサックは嫁さんのニンの実家から金を借りてもう1台トゥクトゥクを借り、独自に仕事を始めた。しかし売上のほとんどすべてを飲んでしまうので、生活は当然困窮し、契約通りにトゥクトゥクの借り賃を払えなくなり、わずか数カ月で挫折してしまった。

この頃から、私の知り合いの日本人がたびたびダムロンの家に出入りするようになった。私がチェンマイに「ダムロンの家」という面白い居場所を作ったことが広まり、この年の秋から翌年の秋にかけての1年間くらい、私の旅仲間だけでなくその旅仲間の友人まで10人以上の日本人が頻繁にダムロンの家に出入りするようになったのである。
これが、実は後によくない事態を引き起こす伏線になったようなのだが、当時は私を含めみんな本当にこのダムロンとの関係を楽しんでいた。当のダムロンでさえ、日本人が大勢で家に来るのを楽しんでいたのだ。ダムロンの運転するトゥクトゥクにそれぞれ気心の知れた日本人達がギュウギュウ詰めで乗り込み、大騒ぎをするのである。
楽しくない訳がない。

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