第19話:残された者たち(1)
1月末チェンマイに到着し、もうすでに夕暮れであったがただちにダムロンの家に行く。しかし、家は珍しく施錠されていて誰もいない。洗濯物を取りこんでいたソムサックの奥方のニンが、その動きを止めて暗い顔で私を見ている。私の方から近づいていき、ダムロンの家を身振りで示し「どこに行ったんだ?」と聞くと「何もかも、すべてもうダメです。もうすべて終わってしまったのです。」とか訳のわからないことを言ってうなだれてしまった。彼女ではらちが明かないので、ケオの家へ行ってみる。すると、ケオの家も施錠されていて誰もいない。
ちょうどそこへ、ソムサックがフラフラとやってきた。一目見ただけでかなり酔っているとわかる。彼が酔った時特有の反抗的で不機嫌な顔をしている。ソムサックは、1年前に自分ひとりで始めたトゥクトゥクの仕事が破綻してからここ数か月、仕事もなくブラブラしていたらしい。酔っ払ったソムサックにむずかしい事情を聞くのはさらにらちが明かないので、やめにする。「明日、なるべく早い時間に来るから。」と言い残して、その日は事情の分からぬままホテルに帰った。
翌日、昼前にダムロンの家に行くとティップがいた。彼女の大変気落ちしている様子がありありとわかり、とても痛々しかった。昨日は、ケオの家族とともにダムロンの面会に行っていたのだそうで、1日か2日おきに差し入れを兼ねて出かけているという。気落ちして口の重いティップが途切れ途切れに語る、ダムロンが再逮捕された時の状況は、正に私の考えた最悪の事態のシナリオ通りであった。
ダムロンを再逮捕したのも、また前回と同じく国際麻薬取締官であった。今回は、どうやら売り先からの芋づる逮捕であるらしく、ダムロンの家自体は麻薬取引に関係していないとわかっていたらしい。ダムロンの逮捕だけで、家宅捜査はされなかったという。
「それで、ダムロンはどれくらいの罪になるんだ?」と聞くと、「実は、まだ決定していません。ダムロンがどうするのかを決めないとダメなのです。」とか言っている。
ティップの言葉だけでは、私にはどういうことなのかわからなかった。タイの法律では、ヘロインの密売で捕まると死刑になる場合すらあり、殺人と同格の最も重い犯罪のひとつになる。前回の大麻の大量所持などとは比べものにならない重大犯罪なのである。10年や20年の懲役は当たり前なのだ。「まあ、何とか気をしっかり持って対処するんだよ。」となぐさめていると、ケオの興奮した声が聞こえて来たので、「すぐに戻るから。」と言い残してケオの家に行ってみる。ケオの家には、隣に住んでいるブンと、ダムロンの弟分であるパンもいて、喧嘩腰の議論をしていた。私はしばらく黙って聞いていたが、興奮して猛烈な早口でまくし立てるチェンマイ語にはとてもついていけず、「奴は約束を守りっこない!」とか、「奴らにとっては、ダムロンなんかどうでもいいんだ!」とか断片的な発言しかわからず、議論の要点が見えない。
話に行き詰まり3人とも言葉を失ったところで、ケオが私に「ダムロンが警察に捕まってしまったんだ。」と情けなさそうな泣き顔で言ってきた。
私はうなずいて、「それで、ダムロンの量刑はどういうことになったんだ?」と聞くと、「それがまだ決まっていないんだ。」と、ティップと同じようなことを言っている。「それはどういうことなんだ?ダムロンが逮捕されて、もう2か月近くなるんだろう?」と聞くと、ケオはブンとパンの顔を見て、絶句してしまった。
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