第8話:ケオの逮捕
その年の10月、ケオが警察に捕まった。
何でも、悪友たちと博打をしているところを警官に捕まったが、その中の何人かが麻薬を持っていたためにケオも同罪とされて、禁固刑1年を言い渡されたとのことであった。ダムロンに「それはえらいことになったではないか。どうするんだ?」と聞くと、「どうにもならないさ」と、あっさりした答えが返って来た。多少の金やコネで何とかなるくらいなら、とっくにそうしている。しかし、大金を賄賂に使うことは、ケオの収入から考えても意味がないし、1年といっても、実際には10カ月足らずのうちに保釈で出てくる。その間は、家族の面倒を自分が見るし、差し入れもする。何も問題はない、と言うのだ。それよりもダムロンは、ケオが、今まで自分の目があったために外で悪友とたまに手出しする程度であった麻薬の、常習者になることを恐れていた。
ダムロンの懸念の意味を理解できなかった私が、「だって、ケオは刑務所に入っているんだろう?」と質問すると、「刑務所の中のほうが麻薬は簡単に手に入るし、値段も安い。第一、捕まる心配がない。」と言うのだ。一体、どういう刑務所なのであろうか。それでは、何のための収監か、まったくわからないではないか……。
ケオが刑務所に入ってしまったため、その後私の足であるサームローは、ソムサックが漕ぐことになった。ソムサックのサームローは、はじめは頼りなかったが、少し慣れてくると、やせたケオよりも若くパワーがあり、乗り心地がよかった。しかし、彼は若いのに酒好きで、つい飲み過ぎた時には目が座り、気が大きくなり、そして不機嫌になった。シラフの時にはおとなしく、真面目ですらあるのだが、悪酔いすると手が付けられなくなり、ダムロンの堪忍袋が切れて、ぶん殴られるなどということもあった。ソムサックがケオの代役を務めることになり、ケオが仕事のベースとして使っていたチェンインホテル前の既得権も譲り受け、夕方になると稼ぎに行くのだが、日銭が入るし、うるさく言う者もそばにいないので、夜は酔っぱらっていることのほうが多かった。
そのうち、飲み代をせびりに、真夜中に私のホテルを訪ねて来たりするようになってしまい、何度目かで私もガマンできなくなり、ダムロンに相談すると、彼はもの凄い剣幕で怒った。普段でも怖い顔が破裂しそうなくらいにふくらんで、目が怒りで引きつっている。私の話を聞いて、立ちあがったかと思うや猛然と家を飛び出し、裸足のまま吠えるような大声で、ソムサックを罵倒しながら彼の家まで一目散に突進して行く。乗り出すようにソムサックをにらみつけ、拳を固く握って耐えるように脇につけて一言二言何かを言うと、どこでも構わずソムサックを無茶苦茶にこづき回しはじめた。
あげくの果てに、家の前に置いてあったサームローを頭の上まで持ち上げて地面に叩きつけ、散々蹴り倒し、踏みつけてバラバラに壊してしまった。その時に、ダムロンが本当に怒ったところを初めて見たわけだが、それはもう凄まじいの一言で、とても止めに入れるような状態ではなかった。自業自得とは言え、声も出ないほどに散々殴られ、今では生活の稼ぎを得るための大切なサームローを無残に壊されてしまったソムサックがかわいそうに思えてきて、腹立ち紛れにダムロンに言いつけてしまったことを後悔した。
ダムロンは、やはり怖い人なのだ。
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