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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第31話~第35話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
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第33話:夜釣り(1)

8月、ダムロンがあと1か月ほどで仮釈放になるとみんなが首を長くして待っていたころ、ダムロンの親友である警官のウィラットに久しぶりに会った。以前、「このところ大物釣りをしているんだ。」と聞いていたのでたずねてみると、「今日も行く予定なので、一緒に行こう。」と誘われた。しかし、この時にはもう昼をとっくに過ぎており、2~3時間後には夕方になってしまう。「今からじゃあ、もう遅いよ。」と私が言うと、「いや、実は夜釣りなんだ。でも、暗くなるまでには釣り場に着かないと、準備が大変なんだ。」とのこと。「夜釣りか!そいつは楽しそうだな。でも、眠くなったらどうするんだい?」と聞くと、「夜釣りなんだから、当然寝ないんだよ。明日の昼ごろ戻って、それから寝るんだ。」と言う。どうやら、この釣りはかなり大変そうである。ラムプーンにある理想的な釣り堀は、ダムロンの予想通り私が魚を釣りきってしまったからなのか、この年に入ってから急に釣果が落ち始め、ソムサックがいつも酔っ払っているせいもあって、足が遠のいた、というわけではないのだが、以前のように頻繁に行くことはなくなっていた。「よし、どんなものか一度行ってみよう!」と、覚悟を決めて夜釣りに同行することにした。

釣り場は、地理的にはラムプーンであるが、市街からはだいぶ離れた山間部に入り込んだところにある潅漑水用のダムであった。ダムに向かう山間部の道は、細くて曲がりくねっている上に未舗装なので、すごい砂ぼこりである。ウィラットのピックアップトラックで行ったので、窓が開けられずに暑かったこと以外実害はなかったが、トゥクトゥクで来たらえらくひどい目に遭っただろう。
小1時間も山道を行くと、やっとダムが見えてきた。堤防の手前の木陰に駐車する。ダムは周りを山に囲まれた人工のもので、実に景色のよいところであった。荷物を手分けして持ちダムの水際まで降りるのだが、人が通れるような道はできておらず、大小の石がゴロゴロしたかなりの斜面を、両手に荷物で降りるのは結構大変であった。これは、暗くなってからでは至難のわざとなるだろう。やっと水際に着くと、そこは少し開けた場所になっており、草むらに入りこんだ一角にはバラック小屋が建っていた。すでに3人ほど先客がいて、それぞれが釣りの支度をしていた。みなウィラットを知っているらしく、親しげに挨拶を交わしている。バラック小屋に運んで来た荷物を置くと、私にそこで待つように言い、ウィラットはその中の若いひとりに声をかけて、2人では持ちきれなかった残りの荷物を、その若者と一緒に取りに登って行った。

そこは、本当に景色のよい場所であった。目の前に広がるダムはかなりの大きさで、向こう岸までは優に1km以上ありそうである。水は、岸から20mぐらいまでは少し濁っているが、その向こうは青く澄んでおり、水質もかなりよさそうである。水際に近づくと、たくさんの小魚が驚いて逃げ去って行く。釣り堀にはない、自然の一部がそこにはあった。荷物を持って戻って来たウィラットに、「ここはいいところだなあ。」と言うと、「そうだろう。あの山の向こうにも池があって、この池とつながっているんだ。」と教えてくれた。
しかし、いかに景色がいいとは言っても、やはり露天釣り、しかも夜釣りである。これはいいところだと喜んでいられたのも束の間、夕方になるとヤブ蚊の攻撃が始まった。とても大きな縞蚊で、ブーンと羽音がやかましい。こいつに刺されるとすごくかゆいし、刺されたところが腫れあがってしまうのだ。ヤブ蚊と争いながら釣りの支度を手伝っていると、さっきの若者がどこからかたくさんの木切れを拾って来た。どうやら、焚き火の用意らしい。暗くなるまでは小物がよく釣れると言うので、小物釣りの仕掛けを作り、早速釣り始める。5号ほどの小さな吸い込みに練り餌をつけ、20mほど先に投げ入れると、待つほどもなくアタリがあり、10㎝ほどのプラーニンと呼ばれる刺のある魚が釣れた。ウィラットが大物用の仕掛けを作りながら、「後で食べるから、たくさん釣っておいてくれ。」とか言っている。
大物釣りの仕掛けは、吸い込みの宙吊りという妙なものである。吸い込みの仕掛けが1mほどで、水の中で宙吊りになるようにウキがついているが、夜釣りなのでこのウキは当然まったく見えなくなる。ウキの手前に10号ほどの穴オモリがついていて、このオモリが底に着いて、仕掛けが風などで流れないようになっている。9号のリール竿3本を水際にしっかり立てると、先ほどの若者がタイヤのチューブをふくらませている。「どうするんだ?」と聞くと、「これから水泳をするんだ。」と言う。チューブが十分にふくらむと素早くパンツひとつになり、膨らんだチューブを浮輪がわりにして、本当に水に入ってしまった。
何をするのかなあ……と見ていると、彼は尻を浮輪に入れてあお向けの態勢になり、ウィラットから3本の竿につながる仕掛けをひとつひとつ慎重に受け取っている。彼はこれを100mほど沖までゆっくりと水を掻き分けながら運んで行くと、ウィラットが右だ左だと指示している。12号ほどの大きな吸い込みの仕掛けには、野球のボールほどの練り餌がついており、それに大きな浮きまでついているので、これを壊さずにそこまで投げ込むことは不可能である。だから、こんな騒ぎをしているのだ。
理想の場所に穴オモリを落とし、軽く糸を張って準備完了。立ててあるリール竿の道糸にパチンコ玉ほどの練り餌を目印のためにぶら下げる。魚がかかってもウキは見えないが、軽く張ってある道糸が動けばこの練り餌の目印も動くので、アタリがわかるのである。それらを見ながらノンビリと小物釣りをしていると、1時間ほどで日が暮れた。

小物釣りの成果は雑魚が15匹、1kgほどであった。すぐ後ろのちょうどよい場所に穴が掘られており、周りに木の燃えかすが散らばっている。どうやら、いつもここで焚き火をしているらしい。あの若者が燃えかすや枯れ枝を火種にして焚き火を始めたころには、もう陽はとっぷりと暮れていた。人家もほとんどないような山中で、焚き火とハンドライト以外は何の明かりも見えなくなった。曇り空だったので月も星も見えず、西の方の山が、まだ残る薄明りにわずかに黒く見えるだけであった。いよいよ、後はただ待つだけである。

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