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連続ノンフィクション小説 ダムロン物語~あるチェンマイやくざの人生~ 第31話~第35話 by蘭菜太郎

ダムロン物語
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第32話:刑務所での婿殿紹介

翌日は日曜日だったので、嫁に行ったニーパポンがハンサムな婿殿と実家に帰って来て、「これから、ダムロンに初めて婿殿を紹介しに行く。」と言う。「何だ、彼はまだダムロンを知らないのか。それならば、ぜひ私も行かねば。」と、末弟のゲアッにウィとコップの若年夫婦、ブンや居候のパーン、嫌がるケオまでをもむりやり誘って、みんなで揃って面会に行くことになった。

日曜日なので、その日は接見希望者が特に多く、例の阿鼻叫喚のよう面会はものすごい騒ぎであった。接見希望者が60人ほどと囚人が40人以上もいて、どんなに大声をあげても自分の声すら聞こえないほどの騒ぎで、言葉でのやり取りはほとんど不可能であった。ダムロンの接見に来た我々の仲間は、後で特別な取り計らいがあることを知っているので、みなジェスチャー程度でダムロンとやり取りしていた。ニーパポンとウィはそのやかましさに閉口し、耳に指栓をして顔をしかめて耐えていた。接見終了を知らせる笛の音がして、皆が大声を出さなくなった途端に、刑務所独特の重い静寂が戻ってきた。今度は、同行者と話すにも誰もがヒソヒソと小声になった。いつものように我々以外の人々が退室すると、本当に何の音もなくなったように静かになった。それは、病院や火葬場などでしばしば見られる絶望的な悲しみの静寂とも違う、刑務所独特のくすぶった怒りと不純な未練とをタップリと含んだ、陰湿な静寂である。
どこか遠くから、鉄格子の閉まる独特の音が聞こえて来た……。

まずは、ニーパポンがダムロンに婿殿のヤンを紹介している。刑務所を訪れるのはむろん初めてというヤンはとてもまじめな人らしく、今日は最初からエラく緊張している様子が見て取れた。それが、ダムロンを見た途端に不安な表情に変わった。

コレコレ、これが見たかったんだ!!

ダムロンに初めて面と向かって注視されると、誰でも同じようになる。今、彼はきっとダムロンと彼との間を隔てている鉄格子を、とても頼もしく感じているに違いない……。
それでも、ダムロンが笑顔で「ご覧のような体たらくで、祝いの言葉しかあげられないが、どうか妹をよろしく頼む。」と声をかけると、少しは緊張が和らいだのか、「こちらこそ、よろしくお願いします。」と合掌して頭を下げていた。ブンが、「この2人はいつもイチャついていて、とても見ちゃあいられないんだ。」とか言っている。居候のパーンも、「こっち2人も似たようなものだ。」とウィとコップの若年カップルを指差す。ダムロンが、「なんだ、よく知ってるじゃないか。お前らはそれをいつも見ていて、指をくわえてうらやましがっているんだろう。よし、俺も釈放になったら、その指くわえの仲間に入れてもらおう。」とか言って笑ってる。しかし、その笑顔も冗談もケオの顔を見るまでであった。

ダムロンはケオをにらみつけると、急に怖い表情になって突然大声を出した。「ヨウ!そこの人!あそこにいる奴は、本当はこっち側にいなければいけない奴なんだ。頼むからチョットあいつをここまで連れて来てくれ!!」と、機関銃を持って立っている刑務員に大声で言っている。刑務員は、それを聞いてせせら笑っている。ダムロンは、グッと音程を下げた怖い声で、「わかっているだろうな、ケオ。今度約束を破ったら家から追い出すからな。」とケオを指差しながらゆっくりと言う。うつむいているケオの表情は、怖そうである。いや、冗談抜きで本当におびえているのであった。ケオがダムロンを恐れる理由はただひとつなので、これは深刻である。ダムロンは、すべてを見抜いたような冷たく細めた目でケオをにらんでいる。ティップが、「でも、ボアライは喜んでいますよ。子供達もうれしそうだし、皆で協力して目を離さないようにしているから、許してやって。」と言っている。ダムロンは「フン」と鼻先で笑い、「いや、こいつもソムサックと同じで、何度口で言ってもダメな奴なんだ。」とか言っている。口で言ってダメな奴は、たとえ痛い目を見たとてしょせんはダメなのである。でなければ、ケオもソムサックもとうに改心しているはずである。ケオは、体中がアザだらけになるほどダムロンに折檻されても、いまだに麻薬と手を切れないでいるらしい。それで、ダムロンはケオの仮釈放に反対したのだ。しかし、10ヶ月近くの収監中に果たせなかったことが、もう2~3ヶ月延びたところでそれが果たせるとも思えない。それとも、ダムロンには何か勝算でもあったのだろうか……。
とにもかくにも、あてにしていた収監中のケオの改心は果たせなかったのである。

数年後に、これが最後の立ち直る機会であったのを知ることになるのだが、その最後の機会はもう失われたのであった。ダムロンの仮釈放まであと3ヶ月と少し……。この時にはまだ、「ダムロンさえ戻れば何とかなる」との思いが皆にあり、誰もそれほどの危機感は持っていなかったのである。

しかし、その3ヶ月間はとても長かった。ケオは、ちょっと目を離すとどこかの「お友達」に会いに行ってしまい、ブンやパーンがあわてて心あたりを捜して間もなく見つけて来るが、たいていその時にはすでにケオは思う存分に「お友達」に会ってしまっていて、まともではなくなっていた。そんな騒ぎを3日と空けずに繰り返していたのだ。この時にはケオはもう麻薬のことしか考えておらず、1日中家を飛び出す機会をうかがっていたのだろう。縛りつけるわけにもいかないだろうから、見張るにも限界がある。ケオには金品を一切与えない、との皆の申し合わせで麻薬を買う金などないはずなのに、どこからか都合してしまう。時には血を売っているらしいが、今時こんな病人のような麻薬中毒患者から血を買う者がいるのかいな、と思った。「お友達」に会ってしまうと、後はただ寝るだけである。たまに「お友達」に会う前に捕まると、家に連れ帰ってからもだだっ子のように暴れ、身をよじって泣き叫んだ。時にはどうにもならず、やむを得ず誰かが少量の麻薬を与えていたようだった。

この時には、すでにもうケオは破滅への坂道を完全に転がり落ち始めていたのである。

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