サワディーチャオ(สวั๋สดีเจ้า)は、チェンマイ語の女性の挨拶(標準語はサワディーカ)です

【マレーシア・クアラルンプール】中心部のスポット2か所を駆け足で観光し、フードコートで海鮮土鍋麺のランチ

マレーシアのクアラルンプール中心部の風景マレーシアの旅
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この記事は、旧サイトにアップしていたのを改訂・移設したものです

時間がなく観光2か所とフードコートのランチで終了

マレーシアの首都、クアラルンプールの旅。

 

この時は滞在が実質丸1日の強行スケジュールで所用もあったため、ゆっくりと観光をする時間がなかった。

そのため、宿泊先のホテルから徒歩で行ける範囲で2~3時間で見れるところ、ということで2か所のスポットに絞り込んでチャチャッと見て回り、最後はショッピングモールのフードコートでランチを食べることにした。

あまり人に見せるような価値のあるような記事ではないが、個人的な記録としてここに残すことにする。

 

チャイナタウンの中にあるヒンドゥー教寺院「スリ・マハ・マリアマン寺院」

実は、最初はチャイナウンの南のはずれ、マハラジャレラ通りにある観音堂に出かけたのだが、何と工事中で入口付近にしか入れなかった。

もっとも、見た感じは自分がよく訪れる台南にある中国寺院よりもずっと小さくて雰囲気もどことなく寂れており、わざわざ観光するほどではないようだったが。

 

昨日とうってかわって、この日は日差しが強く照りつけてムチャクチャ暑い。

日焼け止めをチェンマイに忘れてきてしまったのは大失敗だった。

気を取り直して、トゥン・HS通りにあるスリ・マハ・マリアマン寺院へと向かう。

ここはチャイナタウンの中なのだが、この寺院はヒンドゥー教のものである。

 

 

遠くからでも、カラフルな色づかいですぐに見つけることができる。

 

マレーシアのクアラルンプールにあるスリ・マハ・マリアマン寺院概観

 

この寺院は、マレーシアで最も古いヒンドゥー教寺院で1873年の創建とされる。

当地に労働者として移住してきた南インドのタミルナドゥー州の人々によって建てられたという。

本尊はドゥルガ神の生まれ変わりの女神、マリアマン神で、毎年1月か2月に開かれるタイプサーム祭りの時には、本尊が山車に乗せられてバトゥケイブスまで練り歩くらしい。

【クアラルンプール】ヒンドゥー教の洞窟寺院バトゥケイブスは、ドーイステープと同じく階段を登った先にあった
マレーシアの首都、クアラルンプールから15kmほど北に行った郊外にある120年以上にわたってヒンドゥー教の聖地となっており多くの巡礼を集めている、洞窟全体が寺院となったバトゥ・ケイブスの紹介

 

ネパールのカトマンズに住んでいた時にはまったく聞いたことのないお祭りなので、もしかしたら南インドのドラヴィダ系の人たちの間だけで行われるものなのかも。

 

数え切れないくらいの神々が飾られた中央の塔門は目を見張るばかりのきらびやかさだ。

 

マレーシアのクアラルンプールにあるスリ・マハ・マリアマン寺院の塔門

 

1873年の創建なのにぜんぜん古さが感じられないのは、12年に1度全面的に塗り替えられるかららしい(一番最近の塗り替えは2010年)。

塔門の脇で靴を預け、0.5MYRを支払えばヒンドゥー教徒でなくても内部に入ることはできるが、回廊に囲まれたガラーンとした空間が広がっているだけだ。

 

中央にはおそらくマリアマン像が祭られている一角があるのだが、周囲が布で覆われていて、中をのぞこうとすると寺院を掃除しているインド人に怒られて見ることはできないので、わざわざ入るほどのことはないような気がする。

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土産物屋が軒を連ねる観光客に人気の「セントラル・マーケット」

工事中だった観音堂(中国寺院)、スリ・マハ・マリアマン寺院(ヒンドゥー教寺院)と見て回った後は、チャイナタウンの北西に位置するセントラル・マーケットへとブラブラ歩いて行った。

 

 

スカイブルーの壁がまぶしい外観

 

マレーシアのクアラルンプールにあるセントラルマーケット概観

 

マーケット、といってもタイのタラート(市場)のように生鮮食料品やおかずが売られているわけではなく、お土産物屋が軒を連ねている。

 

建物の前に立つ日本語の案内板によると、

芸術市場は、本来大市場または中心市場と呼ばれ、1936年当たりに建てられました。
このビルは大きな市場で、魚、肉、野菜などが売られ、日用品はスズ探鉱者によって売られました。
18世紀ごろ、1888~1889年にRM100万以上を割り当てられ、同所は拡大改装され、収容数は増加しました。
1936年、その町のエンジニアだったR.Hシードがさらに拡大させる計画を立てました。
アールデコ調のデザインは、正面入り口には大門の階段が、天井と壁には四角のタイルが貼りつけられ、鉱石、真珠なども装飾素材として用いられました。
1980年代初期には市庁が取り壊そうとしましたが、国会遺産社会財団によって保存されました。
97年間、セントラルマーケットはずっと大きな市場であり続け、1086年4月15日以来、このビルは文化的市場、芸術の集まる場所として今では観光客に工芸品などを売っていたりと人気のある場所となっています。
≪原文ママ≫

 

となっている。

何か年号がおかしいが、建物正面にもある通り1888年に建てられた、というのが正しいようだ。

 

マレーシアのクアラルンプールにあるセントラルマーケットの正面

 

内部は完全に土産物屋で自分はまったく触手が動かなかったが、日本から遊びに来た観光客にとっては、楽しいショッピングスポットだろう。

 

ちなみに、1988年にここに来た時は壁はピンクに塗られていた。

2012年に改装が行われた、とのことなので、もしかしたらその時に塗り替えられたのだろうか?

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高級ショッピングモールのフードコートでランチ

クアラルンプール市内のチャイナタウン周辺を歩いて観光して回ったら、日ごろチェンマイでほとんど歩いていないツケが回ったのかすっかりくたびれてしまった。

そうそうに観光を切り上げて、ランチを取ることにする。

30分ほど街並みを眺めながら歩いて向かったのは、クアラルンプール市内随一の繁華街、ブキット・ビンタンだ。

 

32年前にクアラルンプールに来た時には、バンコクよりも整然とした街並みと高級感あふれるデパートなどのショッピングスポットに、ネパールのカトマンズに長くいてすっかり田舎者になってしまっていた自分とカミさんはぜんぜんなじめなかったのを覚えているが、その当時よりもバンコクとの差は縮まっているような気がした。

ただ、バンコクと大きく違うのは、歩いている人に占める中東からの観光客の比率が圧倒的に高い、ということだろうか。

やはりイスラム教徒が過半を占めるマレーシアのほうが、特に食事面でタイよりもずっと旅行しやすいのだろう。

 

民族衣装に身を包んだイスラム教徒の旅行者の間をすり抜けるようにして、このエリア一番の高級ショッピング・モール「パビリオン」へと入る。

 

 

上の階に入っているブランドもののお店などにはもちろんまったく用はなく、地下のフードコートへと降りて行った。

 

「フード・リパブリック」という名前のついたフードコートは、カードやチケットではなく現金払いだという点を除けば、タイのショッピング・センターなどに入っているそれとまったく仕組みは同じである。

 

マレーシアのクアラルンプールにあるフードリパブリック

 

買い物エリア同様高級感と清潔感にあふれたフードコートだが、とにかく広い。

タイとはかなり違った品ぞろえに目移りしながら中を行ったり来たりして、最終的に選んだのはこれ。

 

マレーシアのクアラルンプールにあるフードリパブリックで食べた海鮮土鍋麺

 

店のメニューには「海鮮土鍋麺」と書かれていた。

場所がこんなフードコートなので、日本の「●●餃子房」の土鍋ご飯のように、作ったものを鍋に移すだけなのかと思って最初キッチンを眺めていたのだが、ちゃんとひとつひとつ土鍋を火にかけて作っている。

「土鍋が熱いので気をつけてください」という店員の言葉とともに受け取った麺は確かに舌がやけどするほど熱くて、日ごろチェンマイの何となくスープが生ぬるいことが多い麺を食べ慣れている身には、また新鮮に感じられた。

 

ドリンクはスイカジュース。

 

マレーシアのクアラルンプールにあるフードリパブリックのスイカジュース

 

マレーシアに来るといつも思うのだが、麺料理に関してはその種類、具材の豊富さなどでタイよりもずっとまさっているように思う。

もちろん正確に数えたわけではないのだが、巨大なオクラの中に魚のすり身を詰めた具とかタイでは目にしたことがないぞ。

 

日ごろとは違った麺を食べたらすっかり満足してしまい、早くホテルに帰って昼寝をしたくなってしまった(笑)

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