大まかに本書の内容をまとめると、警視庁から特別指名手配されたオウム真理教の菊池直子はタイのチェンラーイに逃亡し潜伏、同じく指名手配されていた高橋克也と平田信と合流してミャンマーのシャン州に移動、同国北部でUWSA(ワ州連合軍)の庇護を受けて潜伏生活を続けている、というものだ。
他の多くの人もそうだろうが、自分にとってオウム真理教の一連の出来事ははるか昔のことになってるので、改めて関連する出来事を時系列でザッと整理してみると
【1995年3月】オウム真理教による地下鉄サリン事件発生
【1995年5月】本書の主人公である、マスメディアに「走る爆弾娘」と呼ばれ取り上げられた同教団の信者だった菊池直子が警視庁から特別指名手配(判決は無罪)
【2010年2月】本書「王国への追跡 ~地下鉄サリン事件から15年 オウム特別手配犯の潜伏先」発行
【2012年6月】17年間の逃亡生活の末、神奈川県で菊池直子が発見、逮捕される
となる。
したがって、本書の記述が事実であるならば2年ほどのうちにミャンマーから日本に戻り神奈川県で生活を営んでいたことになる。
また、本書では菊池直子とともにミャンマーにいるとされている高橋克也と平田信も日本国内で逮捕されているので同じく帰国していたという経緯になるだろう。
が、ウィキペディアによれば、1997年以降は神奈川県川崎市のアパートに潜伏、2007年3月からは教団外の男性と共に暮らしていたらしい。
したがって、本書の記述はすべて間違いだということになる。
ちなみに、この本の構成はタイトルと異なり、菊池直子の逃亡潜伏についての話は全体の1/3ほどであり、バンコクの日本大使館のビザ不正発給に絡む外交官のスキャンダルにより多くのスペースが割かれている。
この記事ではそれついては触れないが、菊池直子らの記述を見ればその信ぴょう性はおのずと推測されるというものだ。
本書が上梓された時点では菊池直子の行方は杳として知れなかったわけだし、著者が調査や取材によって得た何らかの確証をもとにこれを記述しているのであればしかたがなかったとも言えるのだろうが、全体を通してそれ以前にタイに関する記述があまりにいい加減だ。
例えば、タイ最北部のミャンマー国境メーサーイの街に沿って流れるサーイ川には「時折、首なし死体が流れてくる」とか書かれてるし(タイ国内でも少し山中に入ればアヘンが普通に栽培されていた頃じゃあるまいし、21世紀にもなってそんな話はほとんど聞いたことがない)、バンコクにカラスがいないのは「東部や東北部に住むタイ人はカラスを食べる習慣があり、出稼ぎに来てる彼らが全部食べてしまうからだ」とか目を丸くしてしまうようなこともある。
そして、それ以上に自分が気になったのは、日本大使館のビザ不正発給事件に関しても、菊池直子のチェンラーイ県での逃亡生活にしても「これって、****さんのことを言ってるんじゃないの?」あるいは「これって、あそこの****という店だよね」と容易に特定(推測)できる書き方になっている点だ。
もちろん固有名詞は本書には一切出ては来ないのだが、いくら表現・出版の自由があるからとはいえこう簡単に特定(推測)できるような書き方をされた大使館の職員やチェンラーイ県の店の人はどう思うだろうか……
やはり、最低限のモラルとか物書きとしての矜恃とかは失いたくないものだと感じざるを得ない。
筆者は「国内で逮捕されるようなことがあれば赤っ恥をかくかもしれないが【中略】日本にいないと確信している」とまで書いているが、今ごろどう思っているのか聞いてみたいものだ。
今となっては真実がほぼすべて明らかになっているので、もし興味のある人がいれば一種の「オモシロ本」「トンデモ本」と思って読んでみればいいのではないだろうか。
著者:吾妻博勝
ISBN:978-4-86391-063-8
価格:1,200円(税別)
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