知り合いから電話がかかってきて「**さんのお母さんが亡くなったみたい。あなたにも葬儀に出てほしいと言われたんだけど、時間ある?」と聞かれた。
**さんとはもうかれこれ10年くらいのお付き合いになるだろうか、今は家が離れてしまったのでそれほど頻繁に会ったりするわけではないけれど、特に旅行者時代には彼女が所有しているホンテウ(タイ式のタウンハウス)を一時期借りていたこともあり、不在中の留守宅の面倒を見てもらったりとてもお世話になっている。
これは何を差し置いても行かなければならないので、「もちろん行くよ」と答えると「足のない人がいるから、車を出してくれない?」と頼まれた。
葬儀が行われるのは、チェンマイの南にあるサンパトーンだと言う。
バイクで行けないこともない距離ではあるがよく晴れて暑かったら日射病になりかねないし、どうせ車を出すなら何人乗っても同じなので、葬儀の日は知り合いの指定した場所でみんなをピックアップして向かうことにした。
チェンマイ市内で知りあいほか2人を乗せて、国道108号線を南下してサンパトーンへ向かう。
サンパトーンはチェンマイから25kmほどのところにある郡なのだが、いささか広い。
葬儀が行われる場所がわからないと行きようがないので知り合いにたずねると「**さんが国道を走っていればわかる、と言っていた」とのこと。
その言葉を信じ国道をチェンマイからひたすらまっすぐ進み、サンパトーンの街を通り越してさらに10分ほど進むと、葬儀が行われている場所の通り沿いでよく見かける標識が見えてきた。
交通整理の警官まで出ていて、駐車場に誘導してくれた。
たぶん、警察のいいアルバイトなのだろう。
駐車場は、思ったよりもずっと広かった。
自分はてっきりお寺で葬儀が行われるものだとばかり思っていたのだが、どうやら**さんの実家で行われるらしい。
適当な場所に車を止め、知り合いと一緒に葬儀会場となる家まで歩いて行く。
が、家に着く前にビックリ。
小さな川に沿って走る道路にイスがたくさん並んでいる。
いったい、何人の人が参列するのだろうか!?
知り合いに誘導されるようにして、**さんの実家と思われる家の敷地に入って行った。
かなりの広い土地を有しているようだが、そこが立錐の余地もない。
チェンマイ市内で行われる通夜や葬儀だと、たいていは参列者はきちんとした黒もしくは白の喪服のようなかっこうをしているのだが、ここはさすがに田舎、普段着のままで「野良仕事の途中で来ました」みたいな人もいっぱいいる。
タイ人の飾らないおおらかさや慎ましさのようなものを見た気がして、何かうれしくなってしまった。
「よく来てくれたわね、さあお線香をあげてちょうだい」と自分を見つけた**さんはニコニコと出迎えてくれた。
何か、とてもお葬式の喪主(たぶん)と思われる人の顔ではない。
まるで、お祝いの席のパーティーに来てくれた人を迎えるような表情だ。
さすがに、服装は黒一色だったが。
火葬場まで棺を乗せて運ぶ、日本の霊柩車のかわりの山車のようなものがあった。
その前に置かれた焼香台に線香を立てて、お祈りをする。
続いて、香典を渡す。
渡すというか、箱に入れるのだが。
香典を渡すほうも受け取るほうも、やはりニコニコ顔だ。
遺影の前では記念撮影が始まっていた。
さすがに、子供や若い人が亡くなった場合にはこういうわけにもいかないのだろうが、みなさんとても葬式の会場とは思えない表情である。
葬儀で写真をたくさん撮るとかえって喜ばれるのは知っていたので、自分もデジカメを持参していたが、やはり役に立った。
知り合いと一緒に、適当に空いているテーブルに座る。
テーブルの上には飲料水のボトルと氷、コップが置かれていた。
では「写ってるトウモロコシは?」というと、各テーブルを売り歩いていたおばさんから知り合いが買ったものだ。
葬儀会場に物売りが来たりしたら、日本だったら「ふざけるな!」と追い出されるところだろうがここはタイ。
宝くじ売りが来たり、寺院の中なら境内にスルメイカ焼きの屋台が出ちゃったりするのはごくごく普通のことだ。
会場内には、誰かわからない男性のアナウンスがものすごい音量で響き渡っている。
自分はそれには耳を貸さず、久しぶりに再会した知り合いと話し込んでいたのだが、急に周囲の人達が自分のほうを見ているので「何だ何だ???」と思ってビックリしていると、どうやらこの男性が「日本人もこの葬式に参加してるよ~。日本人、日本人!」と言ったらしい。
おそらく、外国人が葬儀に参列しているというのがステイタスのような意味を持つのだろう、こういう儀式で何かの役割をやれと急に言われることは前にも何回か経験しているのだが、まさか葬式の会場アナウンスで紹介されるとは思わなかった(苦笑)
そんなこんなで小一時間もすぎただろうか、退屈する暇もないうちにお坊さんがやって来た。
葬儀の開始だ。
【続く】
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