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【ネパール・カトマンズ】懐かしすぎる! 2年間居候していた家で懐かしの味のダルバートをいただく

ネパールの古都パタンの街の一般家庭のダルバート ネパールの旅
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2年間居候していた家を再訪、懐かしさに浸る

プロフィール」にも記している通り、自分たち夫婦は今から36年前の1988年から89年にかけて2年ほどネパールのパタンで暮らしていた。

パタンはカトマンズの南に位置しており、盆地にある3つの王都のうち一番ネワール(カトマンズ盆地の先住民族)色が、そして同時に仏教色が濃く(住民の75%が仏教徒でネパール唯一の大乗仏教徒も多い)日本人のフィーリングに合う落ち着いた美しい街だ。

自分たちは、そこで仏像工房(というほどオシャレなものではない)を経営する裕福な友人の家に部屋を作ってもらい、居候という形で住み込んで生活を共にしつつ時々周辺諸国を旅していた。

日本に戻ってからは長い休みが取れなかったためなかなか訪れる機会がなかったが、リタイヤしてチェンマイに移り住み自由に旅ができるようになってからはほぼ毎年行くようになり、友達と会って旧交を温めている。

今回もネパールに着くと早速連絡があり友人の家におじゃますることになった。

自分たちが住んでいた頃は周囲に家もまばらで、家の前の道は舗装もされておらず時折水牛の群れが通り過ぎるくらいノンビリしていたのだが、今はその面影はまったくないくらい自動車とバイクが忙しく行き来している。

ネパールのパタン郊外の道路

友人の家は、日本で言えば300坪ほどの敷地があるだろうか。

中には家が2棟に車が3~4台は止められるガレージ、柵で囲われたペットの犬たちのスペースなどがある。

ネパールの古都パタンの街の友人宅概観

右手の白い2階建てが元々友人の両親が住んでいた古い家で、1階が仏像工房になっている。

職人たちが彫金する「カンカン、コンコン」という音が聞こえて来て毎朝目をさます、という生活を送っていたのだった。

左の3階建てが友人一家が住む建物で、ここの1階の2部屋を自分たちのためにきれいにしてベッドをはじめとした家具を入れダイニングキッチンを作ってくれたりした。

自分たちが住んでいたスペースは、現在は息子夫婦の居室になっている。

ネパールのパタンにある友人宅の息子夫婦の居室

ネワール族はキッチンを神聖な場所として考えており家族以外の人が入るのを嫌がるため、たいていは家の最上階に造られている。

それは、伝統的なネワール建築ではない友人の家でもまったく同じだ。

昔はキッチンの脇が土間になっており、あぐらをかいて座り床に置かれた料理を盛った金属製のお盆を使って食事をしていたが、さすがに友人の家は広々としたダイニングルームがセットされた西洋的な造りになっている。

ネパールのパタンにある友人宅のダイニングルーム

仏像関係の仕事をしているので、家の至るところに仏像や仏画(商品?)が置かれている。

ネパールのパタンにある友人宅の仏像と仏画

自分が来ることを聞きつけて近所に住む別の友人たちも集まってくれ、食事の始まりだ。

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まさに「おふくろの味」のダルバートには涙が出るくらい

ここで暮らしていた時には毎日のように食べていたダルバート(ネパールカレー定食)をごちそうになる。

当然のことながら、このクラスの家になると家事のほとんどすべてはお手伝いさんが仕切っている。

今は何人いるのか知らないが、自分の住んでいた時には5人(カーストによってできる仕事が決まっていた)のお手伝いさんが通いで来ていて、家事一切をすべて彼女たちがやっていた。

ここに住み始めた最初の頃、自分とカミさんが部屋のゴミを片付けようとしたら「恥ずかしいからやめてくれ。そういうのはお手伝いさんがするから」と言われたのを懐かしく思い出してしまった。

当然自分が住んでいた頃にいたキッチン担当のお手伝いさんはリタイヤしているのだが、ネパールのすごいところは今いるお手伝いさんは何とその人の娘なのだ。

カーストの関係もあって、特に食べ物(キッチン)を扱う仕事ができるのは自分たちと同じかそれより上位カーストの人に限定されるので、「おばあさんの代からこの家の食事を作っている」なんていうお手伝いさんも決して珍しくない。

なので、その家のいわゆる「おふくろの味」的なものがお手伝いさんが代替わりしてもちゃんと受け継がれていて、微妙な違いはあるかもしれないが基本的には昔自分たちが食べていたのと同じような味の食事が食べられる。

最初に出てきたのはネパール料理ではなかった

ネパールのパタンにある友人宅で食べたサツマイモのスープ

奥さんが考えてお手伝いさんに作らせたという、サツマイモのスープだ。

薄く塩コショウで味がついているが、サツマイモの甘さが相まっていい風味を出していた。

ちなみに友人と奥さんは恋愛でも見合いでもない、星占い(!)で結婚して(させられて)おり、奥さんのほうは結婚式の当日まで相手の顔も見たことがなかったという。

旦那のほうは、どんな女性か知りたくて当時彼女が通っていた学校まで見に行ったそうだが(笑)

ところがこの2人、もともとの性格も古いネワールの慣習にとらわれず新しいことにチャレンジするのが好き(まだ女性の自由な外出そのものがままならなかった36年前に、自分が買ったスクーターを見たとたん奥さんが「乗ってみたい!」と言い出し自宅前の道路でハンドルを握り、人だかりができてしまったこともある)といった考え方も本当によく似ている。

カミさんとも「星占いで結婚相手を決めるっていうのも、この2人を見ているとありなんだな、と思っちゃうよね」とよく話したものだ。

そんな新しもの好きの奥さんの性格はやはり変わっていないのだろう、このスープを見た時に何かうれしくなってしまった。

ジャガイモのカレー

ネパールのパタンにある友人宅で食べたジャガイモのカレー

続いてはチキンカレー

ネパールのパタンにある友人宅で食べたチキンカレー

肉はすべてドラムスティックだった。

自分が住んでいた頃には鶏肉を買うというと「1羽か半羽か」しか選べなかったのに、今は部位ごとに買うことが可能だという。

こんなところにも、時の流れを感じてしまった。

ダル(豆のスープ)

ネパールのパタンにある友人宅で食べたダルスープ

トマトのアチャール(チャツネ)

ネパールのパタンにある友人宅で食べたアチャール

このトマトのアチャールはネワール料理独特のちょっとクセがある味なのだが自分は大好きなもののひとつだ。

それぞれの料理を皿にとって、いただきます!

ネパールのパタンにある友人宅で食べたダルバート全景

で、早速食べ始めたところ奥さんが「ガネッシュはこれが好きだったわよね。なので用意させたわよ」と言いながら、もう一皿料理を追加してくれた。

出た~っ! カロダル(黒い豆のスープ)だ!!

ネパールのパタンにある友人宅で食べたカロダル

カロ(黒い)ダル(豆のスープ)の名前の通りだが、外のレストランとかダルバートを食べても普通は黄色い(レンズ豆)ダルスープが出てきて、これはなかなか食べることができない。

少しだけ苦みがあって、レンズ豆のような粉っぽさ、ザラザラッとした感じよりも少しねっとりとした舌ざわりで、皮もしっかり残っているカロダルは自分の大好物で、住んでいた時はこの家で食事しようとしたがタイミングが悪くて「今はダルしかない」なんていう時も、あとはご飯さえあればぜんぜんOKだったくらいだ。

それを覚えていて作ってくれたのだろう、カロダルを口に入れた瞬間に色々な思い出やら何やらが頭や体の中を駆け巡って、食べながら涙が出てきそうになってしまった。

結局ご飯を2回もおかわりしてしまい、すっかりお腹が苦しくなった。

が、最後にとどめのデザートが出された

ネパールのパタンにある友人宅で食べたスイーツ

ラルモンとダウ(ヨーグルト)だ。

ラルモンは、小麦粉の団子を油で揚げて砂糖シロップに漬け込んだもので、ヒンドゥー教の神様であるガネッシュ(首から上が象、下が人間で、あらゆる障害を取り除くというご利益があることから、特に商売と学問の神としてタイでも人気の高いヒンドゥー教の神。一般にはガネーシャと呼ばれることが多い)の大好物であることから、自分が来るということで用意しておいてくれたものだ。

お腹がいっぱいだ、と断ったのだが「あなたはガネッシュなんだから、食べなくちゃダメよ」と言われてしまい、がんばって口に入れた。

ダウ(ヨーグルト)に入れるといくぶんくどい甘さが緩和される

ネパールのパタンにある友人宅で食べたインドスイーツ

食事のあとは、友人が自らマシンで淹れてくれたコーヒー(チャイでないところが最近のネパールだ)を飲みながら、ほかの友人を交えて思い出や近況報告などの話に花を咲かせ、夕方近くまで滞在してしまった。

別れ際には「年に1回とかじゃなく、もっと頻繁に来てね」と言われてしまったので、早いうちにまたおじゃましなければ……

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