100年前のチーク材運搬のための森林鉄道跡
タイ北部の森はかつては広くチークの木で覆われており、チェンマイは周辺から切り出されたチーク材交易の中心地として発展した。
しかし、当時の様子を伝えるようなチークの木を使った歴史的建造物や記録写真は、同じようにチーク材で栄えたプレーやラムパーンといった街に比べると少なく感じる。
それには理由がある。
例えば「チークの街」と呼ばれたプレーには、イギリスの東ビルマトレーディング社やデンマークの東アジア会社など欧州の巨大資本が直接森林伐採の拠点を置いたので築いた富が蓄積され、地元にもチーク材を使った欧州風のオフィスや豪邸が残された。
プレーのウォンブリーハウス

また同時に、彼らが撮影した当時の写真も大量に残っている。
一方、チェンマイはラーンナー王国の都(政治の中心)であり、周辺の森からチークの木を切り出してもそれは主に王族の寺院建築や高級官僚の宿舎などとして消費された。
また、プレーの街を流れるヨム川は川幅が狭く水深の浅い場所が多いため、流したチークの丸太がよく途中で引っかかってしまった。
そのため、周辺には丸太を一時的に集める巨大な貯木場や人間や象が丸太を整理する作業場が数多く存在した。
しかし、チェンマイを流れるピン川は川幅が広く水量もあり、上流から流したチークの丸太はチェンマイを文字通り「ただ素通り」していった。
チェンマイの街でわざわざ陸揚げする必要がなかったため、大規模なチーク市場などもなく作業風景の写真もほとんど残っていない。
このように、プレーが「街全体がチークの輸出ビジネス一色で活気にあふれていた」という性質とは少し異なっていることが、チェンマイにチーク貿易の史跡が少ない理由となっている。
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今回紹介する「キウコークワーイ(กิ่วคอควาย)」は、そんなチェンマイ周辺にあって今なお残っている数少ない往時のチークビジネスの足跡のひとつだ。
100年以上前に、イギリスの貿易会社が周辺の豊かな森から切り出したチークの巨木をリー川経由でピン川へ効率よく運び出すために建設した森林鉄道(ナローゲージ)の跡で、これほどのチーク輸送のインフラが作られていたというのは、当時のタイ北部におけるチークビジネスの規模がいかに大きかったかを物語っている。
残っているのはほんの数10mで、公共交通機関も通らない場所のためアクセスは簡単ではないが、周囲は今も雑木林になっており往時の雰囲気に思いをはせつつ散策することができる。
チェンマイから南部方面を訪れることがあれば、ぜひ立ち寄ってほしい穴場的スポットだ。
チェンマイから約70km、自前の足は必須
「キウコークワーイ」はラムプーン県バーンホーン郡にあり、チェンマイからはおよそ70km離れている。
自動車なら、約1時間半だ。
公共交通機関はおろか普通の車両でさえたまにしか通らない隔離されたロケーションで、訪れるなら自前の足は必須。
一番簡単なのは、国道108号線でチョムトーンの手前から国道1010号線に左折、道なりに約8km進むとシーティアという小さな街に着く。
両側に商店が並ぶ街なかを抜けると、「4007号線→」と書かれた小さな標識があるのでそれにしたがって右折する(手前に大きな緑色の看板の薬局がある)。
道は少し狭くなり交通量も減るがそのまま進むと、リー川にかかる大きな橋に出る。
橋を渡ると人家がほとんどなくなり、周囲はラムヤイ畑や雑木林になる。
橋から500mほど進むと十字路に行き当たるが、「キウコークワーイ」はそこを左折してすぐの左手にある。

残っているのは数10mだが雰囲気満点!
「キウコークワーイ」は、よほどの鉄道マニアとかならともかくただ見るだけなら5分で終わってしまう。
正直言って、その歴史的背景を理解していなければ楽しめないスポットだ。
もし訪れるのであれば、ぜひ下の文章を事前に読んでおいてほしい。
道路から見た「キウコークワーイ」


現在のタイ国鉄の駅にあるような、駅名が書かれた看板と屋根がかけられた待合所のようなものが作られている。
また、その奥の一段低くなった線路上には蒸気機関車も置かれている。
確かに道路からだと見えにくく何もなければただの切り通し線路があるだけなので気持ちはわからなくはないが、機関車はたぶん当時の復元ではない(蒸気機関車は実際に使われていたが)。
もう少し史実に沿ったものを作ってもよかったのではないかなあ。
当時の枕木で作ったのだろうベンチもある

「キウコークワーイ」はキウ(กิ่ว=まん中が細くなった、途中がくびれた)コー(คอ=首)クワーイ(ควาย=水牛)で、直訳すると「水牛のくびれた首」という意味になる。
地域のチーク伐採権を独占していたイギリスの木材貿易会社は、雨季の間は象や水牛を使って伐採したチークの木を小川まで引きずっていき、そこで大雨によって発生する鉄砲水に乗って自然にリー川に流されるのを待っていた。
しかし乾季はそのやり方ができないので、リー川までチーク材を降ろす目的で森林鉄道を敷設した。
この鉄道は使い捨てだったため、彼らが伐採権を失うとともにレールはすべて撤去され、路盤(地面)だけが森の中に残された。
その後は放置されるがままで地元の人々はずっとただの獣道だと思っていて、この切り通しのある地形が「水に浸かって寝そべっている水牛の首」に似ていることから「キウコークワーイ」と呼んで日常の道として使っていた。
しかし、近年の調査によりイギリス人たちが撮影した蒸気機関車が丸太を運んでリー川に落とす写真が遺族の保管資料から見つかり、ここが「100年前のチーク運搬のための鉄道跡」であることが証明された。
現在はランプーン県が新たな歴史観光地として開発しようと、レールを再敷設するなど整備を進めている。
キウコークワーイ全景

少し進むと両脇は岩を削った切り通しになっている

切り通しの最奥部は線路もなく先には進めない

キウコークワーイの奥から来し方を振り返る

周辺の見どころとセットで訪れるのがおすすめ
「キウコークワーイ」は規模も小さく、正直言ってよほどのマニアでもなければここだけを目的としてチェンマイから来るのはもったいない。
ラムプーン観光から足を伸ばして(所要1時間弱)もよいし、子年生まれの人の護寺として有名なワットプラタートシーチョムトーン、タイ最高峰のドーイ(山)インタノン、「コットン村」として有名なバーンドーンルアンでのショッピングなどと組み合わせるといいだろう。



キウコークワーイの歴史的背景(現地説明書きなどより)
西暦1922年頃、イギリスのボンベイバマー貿易会社(BBTC。ボンベイは今のインドのムンバイ、バマーはビルマ=ミャンマーの旧名)などがタイ政府からこの地域のチーク伐採権を得た。
1863年にスコットランド人の兄弟が設立したインドで2番目に古い株式公開会社(上場企業)で現在も存続している同社は、ビルマ(現ミャンマー)のチーク伐採ビジネスを独占して巨万の富を築き、第三次英緬戦争を勃発させビルマをイギリスに完全併合させるという歴史を動かすほどの権力を持っていた。
ビルマのチークを伐採し尽くした彼らは、1880年代後半になると隣国タイ北部の豊かなチークの森に目をつける。
キウコークワーイのある現在のバーンホーン郡やその南のリー郡には、当時直径1〜2mを超えるような最高級の「ゴールデンチーク(世界三大銘木のひとつである高級木材チークの中でも特に金色の輝きや美しい黄金色の木目を持つ最高品質のもの)が大量に自生していた。
同社は当時最新の欧州の機械技術、大量の労務者、そしてキウコークワーイで見られるような私設鉄道の敷設など、資本力に物を言わせた圧倒的な力をもって伐採を行った。

3月から5月頃の酷暑季に北部の森林で伐採が行われる際、貿易会社は通常森林には入らずチェンマイやラムパーン、プレーなどの都市にある林業事務所で業務を行う。
この時期は休息期間であるため、在庫確認や会計処理、そして来る雨季への備えなどを行う程度の業務しか行わず、午後や夕方は事務所に隣接して建てられた外国人専用のプライベートクラブでくつろいだ。
チェンマイ市内にある、日本最古の神戸ゴルフ倶楽部よりも古い歴史を持つジムカーナクラブゴルフコースはその一例だ。
雨季が始まると貿易会社の伐採部門が森に入り、丸太の運搬や迫り来る洪水への備えに取りかかる。
作業員のためのキャンプが設営され、数100頭の会社の象が荷物を運ぶ、丸太を運ぶ、丸太をこじ開ける(山積みにされたり斜面で複雑にからみ合って動かなくなったりしたチークの丸太の下に象は長い牙を差し込んで鼻で上から押さえつけながら頭をグッと持ち上げることでテコの原理を働かせる。これによってガッチリ固まった丸太の山を「こじ開け」1本ずつバラして運び出せるようにしていた)などさまざまな作業への適性を見た上で森の中に戦略的に配置された。
象が丸太を作業場まで運んでくると、まず会社はそれぞれの丸太に会社名や伐採した年、貿易会社の識別番号、等級の4種類の印をつける。
それらの作業が終わると、象や水牛が丸太を小川まで引きずっていった。
そして、そこで大雨による鉄砲水が発生し、丸太が自然にそれに乗ってリー川に流されるのを待った。
一方、雨季以外の季節はリー川の蛇行が激しく水量が足りないため、巨大な丸太をそのまま流すのが困難であった。
そこで、小山(ドーイランタム)の一部を崩して切り通しを作り、臨時の小さな鉄道を敷いた。
これが、現在のキウコークワーイの正体だ。
蒸気機関車の貨車に乗せられたチークの丸太は、この「キウコークワーイ」の切り通しを抜けて運ばれリー川へと流された。
そして、最終的にピン川との合流点近くにあった貯木場まで運び、そこからピン川へと一気に放流させた。
その後丸太はひたすらピン川を下り、カムペーンペットの大中継基地を経由してバンコクへと運ばれた。
空港送迎から観光まで300近くのチェンマイアクティビティ!



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