サワディーチャオ(สวั๋สดีเจ้า)は、チェンマイ語の女性の挨拶(標準語はサワディーカ)です
当サイトはアフィリエイト広告を利用しています

【ごあいさつ】サイトリニューアルにあたって

チェンマイで一番美しい仏像 お知らせ
スポンサーリンク

[サワディーチャオ チェンマイ]ウェブマスターのガネッシュと申します。

ご覧いただき、ありがとうございます。

このサイトをご訪問くださったあなたは、[サワディーチャオ チェンマイ]というサイトの名前を初めてお聞きになるでしょうか?

それとも、以前からご存知でしたでしょうか?

プロフィール」のコーナーに詳細は記していますが、自分は1988年に旅行で初めてチェンマイを訪れてすっかり気に入ってしまい、以降日本で仕事をしながら年3-4回のペースでチェンマイ通いを繰り返した後、2013年にハッピーリタイヤしてからはリタイヤメント・ビザを取得してチェンマイに居を移し11年になります。

今の若い人達は信じられないかもしれませんが、自分が旅を始めた頃のチェンマイというと、一般の日本人は“売春”、“麻薬”、“拳銃”といった言葉に代表されるようなイメージを浮かべる人がほとんどで、「チェンマイに通っている」などと言おうものならほぼ100%白い目で見られたものでした(笑)

自分がチェンマイを旅する時はたいていカミさんが一緒でしたが、「チェンマイって、ダークサイド、そうでなければ男性専科のイメージばかりだけど、それ以外にもものすごくたくさんの魅力があるよね。そういうチェンマイの別の姿を伝えることができたらいいね」などと話をしたのがきっかけで、2001年に当時まだ世帯普及率が50%にすら達していなかったインターネットを使ったウェブサイト[サワディーチャオ チェンマイ]を立ち上げました。

それからすでに23年が過ぎ、今ではチェンマイに関するさまざまな情報があふれかえり(たぶん。私はほかのウェブサイトやブログをほとんど見ることがないので詳細はよく知りません)、[サワディーチャオ チェンマイ]もその姿形を変える一方で長期間運営を続けていることで内容が陳腐化しているのに更新が追いつかなかったり、最新の情報が付加できていなかったりという弊害も顕在化していました。

また、2010年にブログ[ガネッシュのチェンマイ発 暮らし&旅ブログ]を立ち上げたことで、両サイトの住み分けに苦慮する場面があったり、“旅や生活の思い出作り(記録)”のほうが面白くなったり(夫婦で旅や生活をする大きな楽しみのひとつは、後々その時の出来事や感じたことについて語り合えることで、ブログはそのネタになる)して、自分のキャパシティ的には正直オーバーフロー気味でした。

で、しばらくの間これからこの2つをどうしていくかについて考えていたのですが、今までのウェブサイトとブログは(気持ちの上で)いったんすべて捨て、[サワディーチャオ チェンマイ]というタイトルだけは残して見た目やドメインをまったく新しくしたウェブサイトを一から構築することにしました。

今まで運営していたウェブサイトとブログについては、ある意味自分とチェンマイとの長年の関わりの記録でもあるので、これから必要と思うコンテンツは少しづつこの新しいウェブサイトに移設していきますが、それが終わればすべて閉鎖するつもりです。

また、「旅行と生活情報」とトップページでうたってはいますが、もっと自由な気持ちで書きたいことをどんどん書いていこうと思います(私は収入を得ることを目的にウェブサイトを運営するブロガーではありませんので)。

ブログもここに取り込みましたので、チェンマイにまったく関係ない個人的な旅の記録が延々と続くこともあるかもしれません。

「せっかくチェンマイの情報が知りたいと思って見に来たのに」と思う方にはガッカリさせてしまうかもしれませんが、それもガネッシュ(自分)にとってはかけがえのない人生の時間の一部ですので、お許しください。

ともあれ、しばらくの間は新しいコンテンツに旧サイトから移設したコンテンツが混じり合う形となって見苦しいことが多いと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。

では、今後とも[サワディーチャオ チェンマイ]をよろしくお願いいたします。

写真は、チェンマイで一番美しい仏像、と言われるプラチャオガオトゥー

コメント

  1. 浅田 より:

    管理人さん
    時々投稿させて頂いている浅田です。

    サイトリニューアルおめでとうございます。
    旧サイト、内容充実していますが新しいサイトがどのようになるのか興味があります。

    私がチェンマイを初めて訪れたのが1999年ですので、管理人さんと略同じ頃では無いかと
    思います。
    当時は日本人のチェンマイ・ロングステイが盛んな時で、とある日本料理店(アモーラ・ターペーホテル裏通り)で夜毎にリタイヤ日本人(もっと若い人も)が気焔をあげていて、今、私が定宿にしているホテルも、ワンフロアが日本人で埋まっていました。
    (今は1日に数名が泊る程度と思います。)

    2007年にロングステイ日本人の中心に居た日本料理店のオーナーが亡くなり、求心力を失くした日本人はバラバラになり、その殆んどが帰国した模様です。

    本年初めに訪清した時、当該日本料理店(かってのオーナー夫人(コンタイ)が経営)では一頃客がコンタイばかりだったのが、やや昔に戻っていて(顔ぶれは2000年頃とは全く違いました)少しは日本人が戻ってきたかな?と思いました。

    チェンマイもリトル・バンコクのような感じ(ショッピング・モール等)にはなりましたが、移動手段が昔のままで、バンコクのように電車で自由に移動できるようにはならず、バイクも規制が厳しくなる(無免許の取締り5万バーツ罰金という情報)などで、観光バスやTukTukチャーターのC国人以外はどうするのか、路面電車を走らせる等の話もあるようですが、相変わらずの赤バス頼みのままなのか、チェンマイ市側の確たる方針を出して欲しいと思います。

    私も後期高齢者となり、来年あたりでチェンマイ参り?も店じまいにしたいと思っています。

    管理人さんのご健勝とこのサイトの永続を祈念して筆を置きます。

    浅田 拝

    • ガネッシュ より:

      浅田さん、コメントありがとうございます。
      ご無沙汰しております。
      私がチェンマイに初めて行ったのは1988年なので、浅田さんよりも10年くらい前ですね。
      私もいつまでチェンマイにいられるかはわかりませんが、まあ関わりがある限りはこの新しいサイトを続けたいと思っています。
      浅田さんも、お元気で(^^)

タイトルとURLをコピーしました