チェンマイ門市場の裏手の路地にある、今にも崩れそうなチェディ(仏塔)だけが残る廃寺「ワット・フォーンソーイ」

チェンマイの旧市街にある廃寺、ワットフォーンソーイチェンマイの廃寺をたずねて
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お濠の中の旧市街南部、チェンマイ門のすぐ近くにある廃寺。

チェンマイ門市場のちょうど裏手にあたり、門からだとプラポクラウ通りを北に60~70m進み左折して同ソイ2に入り、30~40mほど進んだ右手にある。

細いソイ(路地)に面していて大通りからは見えず、また規模も小さいためほとんど目立たずひっそりと建っている、という感じだ。

 

寺院の名前は、直訳すると「鶏の頸の毛の束」という意味なのだが、その由来や寺院の建設と廃寺となった経緯については、現時点ではまったく史料が見つかっていないようだ。

しかしながら、1517年に著された「ニラート・ハリプンチャイ」によると、ここにはたいへん美しい仏像が祭られていたという。

さらに加えこの寺院は、ラーンナータイの神話を記述した年代記には、1562年から1601年にかけてこの地に深いつながりを持った貴族である「プラ・テラ」に捧げられたものとして登場している。

 

現存しているチェディ(仏塔)は、ラーンナー様式の特徴を多く残している。

基壇の上には、四方のすき間に仏像を収めたと思われる高さのあるスペースがあったことが見て取れるし、さらにその上には小さな丸い鐘の形をしたアンラタンと呼ばれる部分も下半分ほどがかろうじて残っている。

チェディ(仏塔)の周囲にも遺構は残っているはずなのだが、現在は人家などが立ち並んでしまっているため、地中に埋まっていると思われる。

 

チェディ(仏塔)をはじめとする建築学的な特徴や上記の史料から、この寺院は16世紀に建立されたことがわかる。

その後、ビルマとの戦争のために打ち棄てられたが、ラタナコーシン王朝初期に復元された。

しかしながら、この寺院が実際に利用されたのは、16世紀から18世紀にかけてだけであった。

タイ国芸術局は1999年にチェディを発掘し、2003年に復元した、と説明書きには書かれているが、周囲に囲いをつけただけでチェディそのものにはほとんど手がつけられていないのではないだろうか。

 

写真でわかる通り、今にも崩れかけたチェディがわずかに残っているだけなのでわざわざ見に行くほどの価値もないと思う(この近くで廃寺を見るなら、チェンマイ門の南に伸びるスリウォン通りを下っていった方がよい)が、市場に来たついでなどにフラッと立ち寄るといいだろう。

 

ガネッシュも日本在住時は使っていた、航空会社サイトよりも安いこともあるイーツアー

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