サワディーチャオ(สวั๋สดีเจ้า)は、チェンマイ語の女性の挨拶(標準語はサワディーカ)です

【チェンマイで暮らす】今年のアーサーラハブーチャ(三宝節)のお参りは天気が悪くて近所のお寺で済ませる

チェンマイ郊外の寺院でのアーサーラハブーチャ(三宝節)仏教行事・イベント
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この記事は、旧サイトにアップしていたのを改訂・移設したものです
2020年のアーサーラハブーチャー(三宝節)は7月5日です。

 

昨日、7月**日は「アーサーラハブーチャ」であった。

 

日本語では「三宝節」と呼ばれるこの日は、お釈迦様が悟りを開いた後にサールナート(鹿野苑。現インドのウッタル・プラデーシュ州)で初めて仏教の教義を説き(初転法輪)最初の子弟ができた日で、これにより、仏・法・僧の三宝が揃った日ということで、人々はそれを祝って寺院にお参りに行く。

この三宝は、すなわち悟りを得た仏陀がいたとしてもその教えである法がなければ、そして仏と法が存在したとしてもそれを聞きさらに広めていく僧(修行する出家者)がいなければ教義を伝えていくことができないということで、仏教を構成する最も基本的な要素と考えられている。

ちなみに、タイで寺院などにお参りに行くと、人々が仏像の前にひれ伏して3回地面に頭をつけるようにしてお祈りをしているのを見かけることがあるが、これはその三宝に祈りを捧げるという意味がある。

また、自分が昔住んでいたネパールの首都カトマンズに住むネワール族(多くが大乗仏教徒)の人たちの間でも、同様に三宝節を祝うお祭り(マチェンドラナート)があり、街の中を練り歩く山車を見に行ったりした記憶がある。

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)は、特にタイヤイ(シャン族)の人たちにとって重要な仏事の日であり、チェンマイ市内でも特にタイヤイ(シャン族)が集まる寺がにぎわうということで、例年お濠北側のチャーンプアック門にほど近いワット・パーパオに見物がてらお参りに行っていた。

「仏・法・僧」が揃った仏教の祝日、アーサーラハブーチャー(三宝節)のお参りはタイヤイ(シャン族)寺院へ
陰暦8月の満月の日で、釈迦が最初の説教を行い最初の子弟ができた日で、これにより「仏・法・僧」の3つ(三宝)が揃った日でもある重要な仏教の祝日、アーサーラハブーチャー(三宝節)のタイヤイ(シャン族)寺院ワット・パーパオの様子

 

しかし、今年は今まで住んでいた街の北側から南部郊外に引っ越した上、昨日の朝は雨が降っており、とてもではないがワット・パーパオまでは行けないということで、引越し先の自宅からほど近い地元の寺院にお参りに行くことにした。

 

こちらに引っ越して来るまで知らなかったのだが、古くからの街道であるチェンマイ-ラムプーン通り(国道106号線)から伸びるソイ(路地)は、多くが寺院に通じている。

昔であれば、ソイ(路地)ひとつひとつが小さな集落で、そこの住民の菩提寺として寺院が建立されたのかもしれない、などと想像しているのだが、本当の理由はよくわからない。

 

で、向かったのは、自宅からほど近い普通の寺院だ。

 

前日に、お供え物と花を市場の中の仏具店で買っておいた。

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)でチェンマイの寺院にお参りするためのお供え物

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)でチェンマイの寺院にお参りするための花

 

普通のタイ人向けの寺院には、本当は翌日のカオパンサー(入安居)と合わせる形で大きなロウソクをお供えするのが特にいいらしいのだが、長くて重たくてバイクで運びにくかったのでやめた。

 

雨が降る中をバイクでお寺に向かう。

見た目には、まったく普通の寺院だ……というか、実際に普通の寺院なのだが。

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)でお参りしたチェンマイの寺院の楼門

 

中もごくごく一般的なタイの寺院である。

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)でお参りしたチェンマイの寺院の境内

 

お参りに来た人で外の道路は渋滞、寺院の中はまっすぐ歩けないくらいの人でにぎわっているワット・パーパオと較べると、同じアーサーラハブーチャ(三宝節)の日とは思えないくらい。

 

それでも、お参りに来た人が止めたバイクが固まっている一角があったので、自分もそこに駐輪した。

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)でお参りしたチェンマイの寺院の駐輪場

 

本堂に歩いて行こうすると、少し先のテントの中から人が手招きしている。

近寄っていくと、お坊さんが来た人にお経を唱えていた(รับพร=ラップポン。直訳すると「祝福を受ける」という意味)。

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)でお参りしたチェンマイの寺院のテント

 

どうやら、本堂の中ではなくここでお供え物を渡しお経を唱えてもらうようだ。

 

自分も持って来たものをお供えしてお経を唱えてもらい、最後に聖水を頭からかけてもらった。

お坊さんはお布施を入れた封筒に書いてある自分の名前とお祈り文を見て「これはお前が書いたのか?」と聞いてきた。

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)でお参りする時のお布施を入れた封筒

 

「はい」と答え少し雑談すると、お坊さんは「本堂の中で読経をしているから寄って行きなさい」と言うのでしたがうことにした。

 

本堂も小ぶりなつくりだ。

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)でお参りしたチェンマイの寺院の本堂

 

中に入ると、結構な人たちがお経を唱えていた。

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)でお参りしたチェンマイの寺院の本堂での読経

 

100人ほどであろうか、なぜかほとんどが女性である。

 

上からは、お金(おもに20THB札)を入れた短冊のようなものが吊り下げられている。

 

アーサーラハブーチャ(三宝節)でお参りしたチェンマイの寺院のお布施の短冊

 

中にいたおばさんのひとりが「ここに座りなさい」というので座り、寺男に続いてみんなで一緒にお経を唱えた。

「唱えた」と言ってもお経は基本パーリ語なので、何を言っているのかはさっぱりわからないのだが……

 

しばらくすると、お坊さんが本堂の中に入って来た。

さきほど、外で供え物を受け取りお経を唱えて聖水をかけたくれたお坊さんである。

びっくりしたのだが、どうやらこのお寺にはお坊さんが3人しかいないようだ。

しかも、外にいたまだ30歳に届くかどうかと思われるお坊さんが住職で、あとの2人はまだティーンエイジャーの見習い僧(?)にしか見えない。

どうりで、いつ寺院のそばを通ってもひと気が感じられず、また朝の托鉢姿も時々しか見かけないわけだ。

 

今度は住職のお坊さんが経文を開いてお経を唱え始める。

それでもお経の声はしっかりしていて、なかなか立派であった。

本堂の中にいる人たちもみんなで一緒にお経を唱えた。

 

チェンマイの寺院での三宝節の読経儀式

 

30分ほどみんなに混じってお経を唱えていたが、ひどい腰痛持ちの自分はどうにも腰が耐えられなくなり、タイミングを見て逃げ出すように外に出た。

 

あまり人気(にんき)のあるお寺ではないようで、特に翌日の入安居(カオパンサー)から基本的に寺院内で過ごすことが多くなる(実際には托鉢とかには出る)お坊さんたちにとっては色々と不便なこともありそうだ。

近所にいながらお参りすることがなかったのだが、これからは仏事の日でなくても時々供物を持って訪ねてみることにしよう、と思いながらバイクにまたがって寺院をあとにした。

 

初めての本 上座仏教 常識が一変する仏陀の教え
Evolving
1980年の来日以来、日本でブッダの根本の教えを説き続けているスリランカ上座仏教長老の講義録

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