サワディーチャオ(สวั๋สดีเจ้า)は、チェンマイ語の女性の挨拶(標準語はサワディーカ)です

【ハジャイ】カラフルでレトロな建物が並び、駅前には日本の蒸気機関車もある街の風景

タイ南部の街ハジャイの中心部の風景ハジャイ&ソンクラー
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この記事は、旧サイトにアップしていたのを改訂・移設したものです

主だった観光スポットがないハジャイ

タイのハジャイは、南部最大の街とはいえ属する県はソンクラー県で「ハジャイ県」ではなく、県庁所在地にもなっていない。

ウィキペディアによれば、1924年に鉄道が開通し駅が造られたことにより、主に中国人(華僑)によって商業都市として形成されてきたという。

そのため、自分が住んでいるチェンマイのような古都でもなく目立った観光スポットはない。

この時持っていた、日本語のものとは比較にならない豊富な情報量の英語ガイドブック「Lonely Planet」にも、簡単な街の解説が載っているだけで見どころの説明はゼロ、いきなりホテルの食事どころの紹介になっている。

テッパンの英語ガイドブック。通称「ロンプラ」
Lonely Planet
2020年12月発行予定の最新版。そのころにはコロナ禍も少しは落ち着いているでしょうか……

 

自分もこの街を訪れたのは隣にあるソンクラー観光が目的で、今回の旅でもハジャイの街の観光はスケジュールに入れていない。

が、ハジャイに着いたのがお昼ちょっと過ぎで、ホテルにチェックインして荷をほどきシャワーを浴びてもまだ夕食までは時間があるので少しだけ街をブラブラしてみることにした。

 

ホテル近くの中心部は漢字が目立つ

泊まったホテル前の街の中心部は、普通のタイの地方都市とあまり変わらない雰囲気だ。

【ハジャイ】街のど真ん中にあり、下はデパート 何をするにも超便利な宿「センタラ・ホテル・ハジャイ」
タイ南部最大の街ハジャイのど真ん中にあり、下はデパートになっていて名物の夜の歩行者天国も真ん前の道路で開催されるなど何をするにも超便利な街では高級な部類に入る宿「センタラ・ホテル・ハジャイ」に宿泊した感想など

 

上述の通りもともとが華僑によって開発された街で、今はマレーシアからの旅行者が多く集うツーリストエリアである。

見た感じ、マレーシア人も中華系がかなり多くそのせいもあってか漢字の看板が目立つ。

 

タイ南部の街ハジャイの中心部の商店の看板

 

写真では金行ばかりが写っているが、フカヒレや燕の巣などの店もバンコクのヤワラート並みに多かった。

 

街の中には、たくさんの軽トラックタクシーが走っている。

 

タイ南部の街ハジャイの道路を走る軽トラックタクシー

タイ南部の街ハジャイの客待ちしている軽トラックタクシー

 

ピックアップトラックではなく軽トラックが使われている以外の構造はチェンマイを走っているソンテウとまったく同じなので、たぶん使われ方も同じなのだろう。

観光する場所がないので、今回の旅では乗ることはなかったが。

 

カラフルな色づかいのレトロな街並みがかわいい

にぎやかな繁華街を少し離れると、カラフルな色づかいの家が並んでいた。

 

タイ南部の街ハジャイのカラフルな古い建物の街並み

タイ南部の街ハジャイの古い建物の色づかい

タイ南部の街ハジャイのオレンジ色の派手な建物群

タイ南部の街ハジャイのカラフルでレトロな建物の列

 

マレーシアでも同じようにきれいに色が塗られた街並みを見ることがあるが、ハジャイの色使いのほうがビビットな感じだ。

言い換えれば、ちょっとケバい。

建物自体は結構古そうなので、もう少し考えて整備すれば観光の目玉にもなりそうな気がするが。

 

今回の旅行のメインの目的地であるソンクラーは実に31年ぶりの訪問で、その昔の記憶に残っている古びた街並みをもう一度見たいというのがハジャイに来た理由なのだが、もしソンクラーの街並みもこんな風になっていたらどうしよう……

 

チェンマイで普段ほとんど歩かない生活を送っているせいで、1時間ほど街をウロウロしたら足が疲れてしまい、たまたま通りかかったカフェで休憩することにした。

 

タイ南部の街ハジャイのカフェから見たレトロな建物

 

ハジャイ駅前の日本製蒸気機関車

コーヒーブレイクをはさんで、気を取り直して再び歩き出す。

かといって行くあてもなく、さてどうしたものかとしばらく考えていたのだが、とりあえず無料で座れる場所はあるだろうしボ~ッとして時間もつぶせるだろうと、鉄道駅に行ってみることにした。

タイの鉄道駅というとたいていは街の中心部からはずれた場所にあることが多く、運行している本数も少ないのでわざわざ行くような場所でもないのだが、ハジャイの駅は鉄道開通によって造られた街なのでアクセスするのは簡単だった。

 

ハジャイ駅の中央部分はタイの国旗の色に塗り分けられていた。

 

タイ南部の街ハジャイの鉄道駅概観

 

ハジャイの街の中心部でも南部のイスラム過激派によるテロが起きていた2012年前後は、確かハジャイ駅もその標的になって被害を受けたこともあったと思うのだが、今はあまりその心配がないのか非常にノンビリした雰囲気で警備もとくに厳重ということはなかった。

 

駅前周辺はどうなっているのかと思い、すぐに駅舎には入らずに線路に沿うような形で少し歩きだしたところ、おもしろいものが目に飛び込んできた。

小さな蒸気機関車だ。

 

タイ南部の街ハジャイの鉄道駅の前の蒸気機関車概観

タイ南部の街ハジャイの鉄道駅の前の蒸気機関車側面

タイ南部の街ハジャイの鉄道駅の前の蒸気機関車の後ろ姿

 

軽便鉄道で使用されるような小さな蒸気機関車ではあったが、定期的に塗装などのメンテナンスを行なっているのか非常にきれいな車体だ。

 

タイ南部の街ハジャイの鉄道駅の前の蒸気機関車の正面

タイ南部の街ハジャイの鉄道駅の前の蒸気機関車の運転席

 

自分は鉄ヲタでもないので「ふ~ん」と思いながらまた歩き出そうとして何気なく車体の脇についていたプレートを見てビックリしてしまった。

 

タイ南部の街ハジャイの鉄道駅の前の蒸気機関車のプレート

 

何と、この蒸気機関車は日本製だった。

福島にある「KYOSAN KOGYO」という会社が製造したらしく調べてみたところ、ウィキペディアに詳しい企業説明が載っていた。

それによれば

協三工業株式会社(きょうさんこうぎょう)は、福島県福島市にある日本の鉄道車両メーカー、鋼構造物メーカー。
<中略>
2013年(平成25年)現在、日本国内で蒸気機関車を新製可能な唯一のメーカーである。
<中略>
日中戦争開戦後に軍事用としての小型蒸気機関車の需要増を見込んで設立された新興機関車メーカーのひとつで
<中略>
最初の機関車は海軍横須賀施設部に納入されている。このような新興メーカーのほとんどは太平洋戦争終結前後に廃業あるいは業態転換したが、協三工業は森林鉄道、専用鉄道、土木工事用鉄道などで使用する小型蒸気機関車の製造を続けた。

とのことだ。

何と、今でも蒸気機関車を作れるのがすごい。

 

この車体が活躍していたのは1950年から1965年の15年間だったようだが、1950年といえばまだ第二次世界大戦が終わって5年あまり。

当時のハジャイはどんな様子だったのだろうか……

もっとも、この蒸気機関車が使われていたのはハジャイではなくイサーン(東北地方)のコラート(ナコンラーチャシーマー)だったようだが。

 

ともあれ、思わぬ発見のあったハジャイ駅で時間をつぶしてホテルに戻ったのだった。

 

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