1979年の創刊以来、おそらく日本で最も利用されている海外旅行のガイドブック、「地球の歩き方」からスピンアウトして(?)一時期発行されていた「フロンティア」シリーズのひとつに「タイ北部 山岳民族を訪ねて」というものがあった。
「フロンティア」シリーズはその奥付に
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地球の端から端まで、どんな国へも自分の旅を楽しみたい。そんな思いが「地球の歩き方」シリーズを生みました。そして10年余、私たちは、まだまだ「知らない国」、「不思議な国」があることを知りました。
新しい「FRONTIER」シリーズは、そんな“秘境”を取り上げ、その魅力を存分に紹介するガイドブックです。
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と記されている。
そう、このガイドブックが発行された1990年当時、タイ北部の山岳地帯はまだ「秘境」という位置づけだったのだ。
実際、自分が初めてドーイ(山)・メーサローンを訪れた1989年、今ではお土産物屋が立ち並びワンボックスカーで訪れたツアーの外国人旅行者がウロウロしている村の中心部あたりにはタイ国軍のバリケードが要塞のように築かれており、そこから先は当時麻薬王として名をはせていたクンサーの実効支配地域ということで進むことができなかった。
また、トレッキングに行けば村によっては写真を撮ろうとカメラを出したとたん、近くにいた子供たちが蜘蛛の子を散らすように一斉に家の中に隠れてしまったり、村人の家に立ち寄ると中でおじさんが普通にアヘンのパイプをくゆらせていたりしたのだった。
実際に旅していた時には特にそういう意識はなかったのだが、今考えて見れば確かにそこは「秘境」だったのだろう。
そんな時代、そして今のようにインターネットというものが存在していない時に、この「地球の歩き方フロンティア タイ北部 山岳民族を訪ねて」は極めて貴重な情報源だった。
が、逆に言えばそんな場所に行く旅行者はごく少数の物好きしかいなかったわけで、出版ビジネス的には部数も稼げないだろうし、広告収入も獲得するのが困難だったのだろう、初版(たぶん)が発行されただけでいつの間にかシリーズごと消え去っていた。
「地球の歩き方フロンティア タイ北部 山岳民族を訪ねて」は、ガイドブックとは言いながら本家の地球の歩き方とはまったく異なり、まずは「精霊の棲む丘へ」と題してさまざまな山岳民族についての解説的なトレッキング日記、続いて「自然・ひと・精霊たちの饗宴」という章で山岳地帯の自然や人々の衣装、住居や食生活、祭りと続き、ここまででこの本全体の2/3を占めている。
そして、ようやく「旅の技術と山歩き詳細ガイド」としてトレッキングについての具体的な技術的解説やアドバイスが出て来て、最後の最後に「トレッキング拠点の街や村」ということでドーイ(山)・メーサローン、ファーン&タートン、メーホンソーンなどの詳細なマップを中心とした旅行情報が掲載されている。
と言っても旅行情報は10ページほどしかなく、ホテルや食事どころなどの紹介はほとんどないという、果たしてガイドブックと呼んでいいのだろうか?というようなコンテンツ構成だ。
しかしだからこそ、発行されてから34年たった今でもその読み物部分は旅行情報と異なり内容が陳腐化せず、タイの山岳民族を理解する上で極めて貴重な情報になっていると思う。
チェンマイに限らずタイ北部にやってきて、ツアーの延長線上のような形で旅行会社やゲストハウスがアレンジするトレッキングでチャチャッと山岳民族の村を見て回る程度であればここまでの情報量ははっきり言って不要だろう。
が、ひとたびこの地域をリピーターとして訪れさまざまな山岳民族の暮らしや文化に触れたい、あるいは彼らについての知識を深めた上でトレッキングをしてみたい、というような人にとっては教科書となる一冊だ。
また、近年はすっかりタイ化が進んで、「山岳民族」と言っても民族衣装や独自の生活文化、風習を捨ててしまって、TシャツにGパンというようなスタイルで暮らすようになっていて、パッと見だけでは山岳民族とはわからなくなっていることが多い中で、美しい衣装を身にまとった各民族の写真も、この先ますます貴重なものになっていくに違いない。
絶版のため、手に入れるのが困難、もしくは手に入れられるとしてもプレミア価格になっているかもしれないが、自分のようにチェンマイ、あるいはタイ北部地域に深く関わりを持つ人にはぜひ読んでほしい1冊だ。
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